2008年05月08日

海峡のアリア 著者/田月仙

昨日の続き

『韓国で立ちはだかった“壁“』
1998年。私の心は踊っていた。この年、東京都は、韓国ソウル特別市と姉妹都市提携十周年を迎えた。その記念行事の一環として、私に東京都の親善大使として東京とソウルで、日本と韓国の歌を歌ってほしいという依頼がきたのだ。嬉しかった。日本と韓国の間をさまよい続けてきた私が、東京都の親善大使として母国の舞台に立てるなんて……。音楽を続けてきてよかった。どんなときも歌い続けてきてよかった。心からそう思えた。故郷日本と祖国朝鮮半島をつなぐ歌。日韓の狭間で歌ってきた者だからこそ歌える、心からの歌を歌いたかった。折しもその年は、金大中氏が大統領に就任し、小渕恵三首相との会談で、今まで韓国で禁止されてきた日本文化の段階的開放を決定した年だった。 早速、選曲に取りかかった。韓国の歌からは、日本でもよく知られている伝統的な民謡「アリラン」、韓国の人々が最も愛する歌曲「懐かしい金剛山」、そして私が歌い続けている持ち歌「高麗山河わが愛」を選んだ。 日本の歌は、幼い頃母が歌ってくれた「赤とんぼ」、私が大好きな歌「浜千鳥」。そして、この行事のために特に思いを込めて選んだのが、「夜明けのうた」だった。(中略)私は、日韓の新しい夜明けに向かって、この歌を思いきり歌いたいと思った。両国の不幸な歴史、それに伴い長年続いてきた困難を乗り越え、新たな関係を築いていこう。そんな思いも込めてこの歌を選んだ。夜明けに向かって祈るような歌詞も、なだらかに歌い上げる曲想も私の心と一致した。ソウルと東京で、心からの歌として、この歌を歌おう。(中略) 10月16日。ソウル公演に先だって、東京公演が有楽町の東京国際フォーラムで行われた。華やかな日韓の打楽器の演奏に続いて、私のステージが始まった。今回の公演用に新たに編曲したシンセサイザーの音が、静かに夜明けを迎えるように響く中、ゆっくりとステージ中央へ向かい、最初の曲「夜明けのうた」を歌った。続いて日本と韓国の歌をそれぞれの原語で、二つの故郷への思いを込めて歌った。 公演後、控え室には日本のテレビ局のカメラが待っていた。長い間、日本文化が禁止されていた韓国で、公式に日本の歌を歌うことは、大きな注目とを集めていた。そんな中、私が選んだ一曲の歌「夜明けのうた」が物議を醸すことになろうとは、想像だにしていなかった。 「韓国でこの歌を歌う許可がまだ出ていないようですが……」 記者はそう切り出した。私はインタビューに答えた。 「私はそのようなことは聞いておりません。今回は日本文化の開放のためではなく、私自身の心の歌として、日本の歌も、韓国の歌も、一生懸命歌いたいと思います。金大中大統領がおっしゃった日韓の新時代に向けて、歌が国旗を越えて心が通い合えば……。そのために選んだ曲であるし、そのために歌いに行くわけです」(中略)36年間の日本統治時代を経験した韓国が、それまで日本文化禁止政策を行ってきたことは、頭では理解していたつもりだった。しかし、今回の公演は日韓、そして東京都とソウル市の親善のためのものであり、私はそのためにふさわしい歌を選んだのであって、問題になる要素は考えられなかった。許可が出ていない? なぜだろう? 焦りと戸惑いで胸が騒いだ。(中略)ソウル市内のホテルにチェックインし、部屋のテレビのスイッチを押した。ニュース番組には私が映し出されていた。 「在日同胞の田月仙さんが公演のために入国しました。北と南の両方で歌った月仙さんは、今回日本と韓国の歌を歌います。……公演で日本の大衆歌謡の『夜明けのうた』を歌うつもりでしたが、公演審議を通過できず取り消しになりました」 もしやとは思っていたが、意に反しての報道に愕然とした。このとき私自身は、直接には関係者の誰からもそんな話は聞いていなかった。(後半略:P176〜P184)

『歌詞のない歌』
私は自分の立場をはっきりしなければならないと思い、記者会見を開いた。日韓両方の新聞記者たちが集まった。 日本人記者「曲目は?」 月仙「韓国の歌は『懐かしい金剛山』『高麗山河わが愛』。日本の歌は……準備した歌は『夜明けのうた』と『浜千鳥』『赤とんぼ』です。選んだ日本の歌はぜひ歌いたいと思っています。私は、日韓の親善を願う東京都民の立場で選びました(中略)私にとって、韓国は両親の祖国であり、日本は私の故郷なので、両方が自分自身の歌だと思います。日本の歌とか韓国の歌というより、心の歌として歌いたい。しかし、いろんな事情で何かが起きているのなら、韓国の方で決めることなので私自身はそれに従うしかありません。韓国の国民が望まないのであれば、歌うことはありません」(中略)晴れわたったソウルの野外公演会場は、家族連れや、休日を楽しむ人々でぎっしりと埋まり、お祭りムードで賑わっていた。明るい陽気の下、公園の芝生で胡座をかき、イベントに手拍子を打つ韓国の市民たち。ここで「夜明けのうた」を歌うことがそんなに問題なのか?のどかで平和なこの空間で、私だけが「政治」に振り回されている状況は滑稽だった。舞台上で司会者が日本から来た私のことを紹介した。舞台に視線を注ぐ子供や老人までが、どんな歌が飛び出すのかと。のんびりした拍手と共に私の歌を待っていた。しかし、ソウル市の関係者や、日本から来た大勢のマスコミ関係者たちは、ただ一点のみに全神経を注ぎ、耳を澄ましていた。 果たして「夜明けのうた」が歌われるのかどうか。 静かな音楽が会場に流れた。私はゆっくりと舞台中央に向かって歩いた。その音楽は、誰も聴いたことのない不思議な、しかし美しい響きだった。私は日本で「夜明けのうた」の楽譜を逆から演奏してアレンジしたものを録音して持ってきていたのだ。 シンセサイザーとピアノが奏でるその音楽に合わせて、深い呼吸の後、第一声を発した。  あーあーー あああーー あああーあーあーあーーーー  それは、「夜明けのうた」のフレーズだった。歌詞をつけずに母音のみで数回繰り返し、広い空に向かってそのフレーズを歌い上げた。客席がほんの少しざわついたように感じた。心の底から湧き出る思いを込めて、歌詞のないメロディだけを歌ったのだ。 「私は田月仙です。日本から、ソウル市と東京都の友好都市十周年記念の親善大使としてやってきました。東京から友情を届けに来ました」 そして「浜千鳥」「赤とんぼ」の二曲を日本語で歌った。日本の歌を歌い終えると、大きな拍手が耳に届いた。続けて韓国の歌を原語で歌った。暖かい拍手と声援に笑顔で応えながら舞台を降りた。(後半略:P184〜P194)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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