2008年04月24日

銀座木村屋あんパン物語 著者/大山 真人

昨日の続き

『あんパン、宮内省御用達へ』
第一章でも紹介した「百二十年史」(山口註:正確には『木村屋総本店百二十年史』)の中に、山岡鉄舟が明治天皇にあんパンを献上する件がある。少々長いが、引用したい。当時の様子が生き生きと描かれているからだ。 「明治8(1875)年4月4日。創業から120年たった、いまの木村屋にとっても画期的な一日といえる。東京向島の水戸藩下屋敷を訪問される明治天皇に初めてあんパンを差し上げる日なのだ。木村屋初代、安兵衛。二代目、英三郎、それに後に三代目を継ぐ、弟の儀四郎らは、二週間ほど前から酒種の仕込みに余念がなかった。その4日、へそに奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の花びらの塩漬けが埋め込まれ、季節感をたっぷり盛って焼き上げられたあんパンは、水戸藩下屋敷に届けられた。 あんパンは明治天皇のお気に召し、ことのほか皇后陛下(昭憲皇太后)のお口にあった。お相伴にあずかった女官たちも大喜びだったという。そして「引き続き納めるように」という両陛下のお言葉があったのだ。献上の世話役、鉄舟・山岡鉄太郎侍従の表情もゆるむ。 安兵衛、英三郎、儀四郎親子にはさっそく上首尾であったことが伝えられた。その夜、安堵と喜びに包まれた銀座・煉瓦街の木村屋は、遅くまで華やぎ、ガス灯のあかりが揺れながらのんびり店の前を照らしていた」 これ以降、木村屋は実質的な宮内省御用達になった。「御用達」は正式には明治24(1981)年に制定され、昭和29(1954)年に廃止されている。現在では、制度としても「御用達」はない。 ともあれ、「明治天皇が木村屋のあんパンを食べた」という事実が、木村屋とあんパンの将来を決定づけたといっていい。これ以降東京中であんパンは大流行した。山岡鉄舟という人物なくして木村屋の今を考えることができない。(後半略:P82〜P84)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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