2008年04月21日

銀座木村屋あんパン物語 著者/大山 真人

《明治維新という大革命によって、消え去ったものもあれば、新しく生まれ出たものもある。「あんパン」もまたその一つ。明治維新はそれまで日本の支配階級であった武士たちに「四民平等」、「廃藩置県」、「廃刀令」によって日本の歴史から消え去ることを命じました。そんな消え去ることを命じられた武士たちの一人、元徳川幕府の旗本であった木村安兵衛によって、新たに生み出された日本独自のモノ、それこそが「あんパン」なのです。消え去る者によって生み出されたモノであった「あんパン」は、単なる失業武士の食いぶち稼ぎなんてチンケな枠にはとどまらなかった! 怒濤の如く押し寄せる西洋文明の荒波に困惑する日本の官民に、西洋文明の新しい魅力と日本の旧き良き伝統をミックスさせて「食」を通じて文明開花に貢献したモノこそが「あんパン」なのです。たかが「あんパン」というなかれ!なにしろその「あんパン」の歴史には、明治天皇が、山岡鉄舟が、最後の将軍・徳川慶喜が、そして清水の次郎長が深く関わっている、まさに近代日本の歴史を語る食べ物。それが「あんパン」なのです。皆さんも「あんパン」から、日本の近代史を読み解いてみませんか?!》

さて、今回ご紹介いたします本は「あんパン」についての本です。しかも「あんパン」の元祖である、「銀座木村屋」を中心に据えて、「あんパン」のみならず、明治維新後の文明開花により日本に押し寄せてきた西洋文明に対して、上は明治天皇から、下はヤクザの親分清水の次郎長にいたるまでの明治時代の人間模様を描き出した本でもあります。

そこで毎度のことながら、この本のテーマにちなんでの私ごとを書かせていただきますと、「あんパン」をはじめとした「菓子パン」類に関して何か書きたかったところなのですが、あいにく私は子供時代はあまり買い食いといったことをしなかったのです。たまにはしたけど、母が家で手作りのオヤツを色々用意しといてくれたために、小遣いは、お菓子の買い食いに使うよりも本やオモチャに使う方が多かったので、「あんパン」その他の菓子パンに関する思い出がなかなか思い浮かばない。

というわけですから、それらについての思い出話はまたいつの日にか、ということにして、ここでは「あんパン」の中身である、「あん(餡)」について書かせていただきます。 「あん(餡)」といえば、皆さんがすぐ思い浮かべるのは、おそらく小豆で作った小豆餡でしょうね。

こし餡、粒餡とどちらが好きかは人により分かれるかもしれないし、私のようにどちらも好きな人間も多いでしょうし、ちなみに私の故郷の北海道といえば、「十勝」の小豆が良質な小豆の産地として有名で、小豆餡の原料として有名ブランドになっているようですね。

ちなみに「十勝」とは北海道の太平洋岸に面し、テレビドラマ『北の国から』の舞台となった富良野や、旭山動物園の所在地で有名な旭川市が在る上川地方のほぼ真南に位置します。さらに私の同年輩や、少し上の世代の方々なら歌手の中島みゆきさんや、松山千春氏の出身地としてよくご存知かと思います。ちなみに旭山動物園といえば、西田敏行氏が園長役の角川映画『旭山動物園物語』には、私も市役所職員役のエキストラとして参加させていただきました。映っているかどうかはわかりませんが、よろしければ見てくださいね!

ああっ、いかんいかん!自分の宣伝ではなくて餡についての話でしたね。ちなみに「なっているようで……」なんて曖昧な表現をなぜ使うのかといえば、私は十勝産の小豆が有名ブランドだということを上京して以降に知ったからでして、北海道在住時には「十勝産小豆」が有名だなんて知りませんでした。小豆が北海道の主要農産物であるのは、私の幼少時において既にそうでした。私の故郷の町でも多くの農家が小豆を生産しておりましたし、我が家でも自家用の畑で小豆を栽培しておりました。

だから我が家では小豆餡を使った自家製のオヤツを母がよく作ってくれたものです。小豆餡を中に入れた饅頭や、ぼた餅、そしてなんといっても我が家の自家製のオヤツで私が大好きだったのは、大福餅でした。我が家はお正月はもちろん、お盆や、5月5日のこどもの日、それから子供たちの誕生日や入学式、それから学校の運動会のような行事や、さらに我が父の方針で、天皇誕生日や建国記念日にも、自家製の餅を作って食べました。

餅を作る時は臼に入れたモチ米を杵で搗くという伝統的なスタイルではなくて、機械で一気に作るというものでしたが、この餅作りが私や姉、妹にとっては大変な楽しみでした。美味しいお餅が食べられることはもちろんですが、それ以上に、お餅を自分たちの手で作るということが楽しかったのです。

ちなみに私は小学1年生の時に初めて餅作りをやらせてもらいました。多分私の小学校入学祝いでだったと思います。搗きあがった(正確には機械で捏ね回して造るから「搗く」という表現で良いのかどうかわかりませんが)モチ米は、切り餅も作りましたが、大抵は大福餅にしました。手のひらに取ってから平たく延ばした餅の生地に小豆餡を中央に置いて餅で包んで丸めます。その初めて大福餅作りをさせてもらった時ですが、私は大失敗をしてしまいました。

搗きあがったばかりの餅をそのまま掴んでしまったために、手のひらにベットリとくっついてしまい、しかも搗きたてで、まだ熱いからエライ目にあってしまいました。お餅を作る時は餅の生地に餅トリ粉をつけてからでなくてはいけないことを理解していなかったのです。

いえ、以前から我が家の餅作りは見ていましたから知っていたはずなのですが、何せ小さい子供でしたから、初めて餅作りをさせてもらえる嬉しさで舞い上がって、早く自分の手で餅を作りたいあまりに、餅トリ粉のことを忘れていたのでしょうね。くっついた餅の熱さで驚き、慌てふためく私を見て、両親も姉と妹も大爆笑でした。こっちは熱くて大変だったのに、とんでもねえ家族だよ!まったく。

そうして作った大福餅は、出来立てをその場で食べるのが一番美味しいのですが、当然、その場では食べきれないので、残った大福餅は後日、網の上で焼いて、焼き大福にして食べました。これがまた餅と小豆餡の焼き香がたまらなく芳ばしくて食欲を猛烈にそそるんですよ。

さらに大福餅といえば、普通の白いモノの他にヨモギの葉を餅の生地に練り込んで作ったヨモギ餅(草餅ともいいます)も大好きでしたねぇ。我が故郷はド田舎ですから、ヨモギなんざぁ、あちこちに、わんさかと自生しておりましたから、ちょいと我が家の外に出ればいくらでも簡単に採取できました。ヨモギ餅はなんといってもあのヨモギの香りがいいんですよね。

ちなみに上京してからは当然ながら手製のヨモギ餅など食べられるはずもなく、食べたくなったら市販のヨモギ餅(草餅)を食べているわけですが、これがあまり美味しくないのです。なぜかというとヨモギの香りが弱すぎるのです。我が家で作っていたヨモギ餅は、ヨモギの香りが、「これでもかっ!」ってな具合に濃厚芳醇でして、それに比べたら市販のヨモギ餅、いえ草餅と言ったらいいのかな?

とにかくヨモギの香りが無きに等しいのです。出来立てでないからなのか、あるいは原料のヨモギの品質に問題があるのか。たとえば松茸なんかの場合、輸入モノの松茸は国産の松茸より香りが劣るから人工香料を添加して誤魔化しているなんて話を聞きますよね。まあ、国産だろうが、輸入モノだろうが、私には松茸なんて全然縁がない代物ですからどうだっていいわけですけど。もしかしてヨモギもそうなんでしょうか?

例えば市販の草餅に使うヨモギが実は中国産とか韓国産とか北朝鮮産とかで、国産じゃないから香りが弱いのだとか?もちろんヨモギの流通については全く無知ですから単なる当て推量でしかありませんが、強いて根拠を言えば、当インテリジェンスでも何冊か著書を紹介している、『金正日の料理人』として有名な藤本健二氏がその著書の中で、金正日は銀座の老舗和菓子屋の草餅が好物で、藤本氏に買い付けを命じていたのだそうですが、その銀座の老舗の草餅を賞味した後に北朝鮮の菓子職人に、「どうしてこの草餅(銀座の和菓子屋)と同じ味の草餅を作れないのか!」と叱責したというエピソードを書いていました。

これは北朝鮮の菓子職人の技術の問題かもしれませんが、あるいはヨモギの質の違いという可能性もあるのではないでしょうかね。それと「ヨモギの葉なんか、わざわざ外国から輸入する必要なんかあるのか?」なんて疑問に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

私もつい最近まではヨモギの輸入モノなんて想像してませんでしたが。つい先日、新聞で日本の梨の栽培は、中国の梨の花粉を輸入して行われている、という記事を読んで仰天いたしました。梨の花粉まで輸入モノに頼っているのなら、輸入モノのヨモギが流通して菓子メーカーに卸されていたって不思議はないですよね。まあ、あくまでも当て推量に過ぎない話ではありますが。

しかしまあ、ともかく少年時代に食べた自家製のヨモギ餅(草餅)は、手作りだった分だけ、思い入れが強くて、それが市販のモノよりも美味しく感じているだけなのかもしれませんがね。あと小豆餡を使った我が母手製のオヤツといえば、水羊羮と、お汁粉もよく作ってくれましたかね。さすがにあんパンは焼いてはくれませんでしたが、こうして子供の頃の私は自家製の小豆餡による母の手作りのオヤツによって、小豆餡大好き人間となりまして、だから現在でも菓子パンを食べる時は大抵あんパンを食べますし、それ以外でも甘いモノが欲しい時は小豆餡の入った和菓子を愛好するようになったわけです。

ちなみに酒飲みには、甘いモノが嫌いだという人が多いようですが、私は違います。私も酒飲みですが、甘いモノは大好きです。まあ、さすがに酒の肴に甘いモノは選びませんが、酒を飲んでいない時はしっかり甘いモノを楽しんでおります。さて私の小豆餡の思い出話はこのくらいにしておいて、明治維新によって生まれ
、文明開花と共に歩み、明治天皇にも最後の将軍・徳川慶喜にも愛され、そして現在ではテレビアニメ『アンパンマン』にまでなって数多の日本人に愛され続けている、「あんパン」を、その元祖である銀座木村屋とそこに関わった人々のドラマを縦軸に、文明開花で揺れ動く明治の世相を横軸にして描き出される、近代日本の歴史を読んでみてください。

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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