2008年03月31日

スポーツの大疑問―考えだすと妙に気になる 著者/エンサイクロネット

《ゴルフやサッカーでは、左利きの選手を「レフティ」というのに、なぜ野球では左投手を「サウスポー」というのか? テニスボールには、なぜ毛が生えているのか? ラグビーのボールはなぜ、楕円形なのか? バレーボールにさわっていい回数が三回までに決まったのは?! バタフライなんてへんな泳ぎ方を考え出したのは誰? 昔「女子プロ野球」があったというのは本当? 多くの人が観客として観るのも、プレイヤーとしてプレイするのも夢中になるメジャースポーツから、名前は聞いたことあるけど、自分でプレイしたことないからよくわからないというスポーツまでとにかく日本には数多くのスポーツが溢れています。そんなスポーツについての「ルール」や「道具」、「ウェア」や「フィールド」、「用語」や「歴史」などなど、数多くの「なぜ?どうして?!」にお答えする、読んで楽しいだけでなく、友達との話のネタにうってつけのとっても役立つコミュニケーションツールでもある一冊! どうぞご覧あれ!》

皆さんは何か好きなスポーツはありますか?

現在や過去に夢中になったりしていたスポーツとかはありますか?

私は現在とくにこれといってスポーツはしていません。私とスポーツの話となれば、やはり上京以前の北海道で過ごした少年時代の話となります。

私とスポーツの出会いについて順に語らせてもらえば、一番最初
は何かというと、剣道ですね。まず小学一年生になって、すぐに父親に剣道を仕込まれだしたのですが、ほとんどシゴキといっていいほどキビシイものでしたから、正直あまり楽しい思い出はありません。これが町道場でとか、学校のクラブ活動での剣道ならまだ友達との楽しい思い出とかもあるのでしょうが、小学校時代の私の剣道は父親とのマン・ツー・マンでしたからねぇ。

中学生になってからは学校の部活で剣道をやりだしたから少しは楽しくなりましたが。 とにかく中学生になる以前の私の剣道は「スポーツ」という言葉に普通の人が思い浮かべるであろう、趣味、楽しみ的なものはなくて、よく言えば武道、心身の鍛練、悪く言えばシゴキでした。

それ以外のスポーツとなりますと、私の世代ではほとんどの男の子は野球とドッチボールではないでしょうか。 私の小学生時代は昭和48年から54年の春までですが、現代のようにJリーグはまだなかったので、当時の私にとってサッカーといえば、テレビで見た青春ドラマ『飛び出せ!青春』(出演:村野武範氏、酒井和歌子さん。主題歌:「太陽がくれた季節」青い三角定規)くらいなもの。バスケットボールにしたって、そういうスポーツもあるんだな、といった程度。

そもそもサッカーの人気に火をつけた『キャプテン翼』や、バスケットボール少年たちのバイブルともいえる『スラムダンク』が流行るはるか以前ですので、少年マンガでスポーツといえば野球オンリーといってもよい時代だったのです。

それらの野球マンガの名前をざっと挙げていけば、あまりにも有名な『巨人の星』をはじめ、『侍ジャイアンツ』、『ドカベン』、『男ドあほう甲子園』、『野球狂の詩』、『一球さん』、『アストロ球団』、『炎のジャイアンツ』などなど、あっ!そうそう、ギャグマンガでしたが、『1・2のアッホ!!』というやつもありましたねぇ。これらは私と同世代の昭和40年代前半生まれの方々は、よくご存じかと思います。『タッチ』が連載を開始したのは多分、私が中学3年生くらいからだったと思います。

とにかく私の少年時代の少年マンガやアニメのスポーツは、ほとんど野球一色といってよい時代で、かろうじてボクシングで『あしたのジョー』とか『がんばれ元気』『リングにかけろ』というのがあった程度かなぁ? でもボクシングなんて小学生にできるものではありませんから、これはいくら人気があっても自分で楽しむわけにはいきませんでしたしねぇ。

サッカーについては『赤き血のイレブン』というのがあったと記憶しておりますが、これは先に挙げた数々の野球マンガに比べてマイナーな存在で、私も断片的にしか記憶がありません。そもそも現在の子供たち、いや、30歳以下の人たちはとても信じられないと思いますが、『キャプテン翼』が出現する以前はサッカーは日本のメディアではマイナースポーツ扱いだったんですよ、マジな話で。

サッカーに比べればおそらく柔道やボクシングや空手等の格闘技系の方がまだメディアではメジャー扱いだったという印象が私にはありますね。まあ、あくまでも私の印象ではの話ですがね。これまた現在の少年たちや30歳以下の若い連中には信じられない話でしょうがバスケットボールのマンガにいたっては少なくとも私の小・中学生時代、つまり昭和40年代末から50年代前半に関しては影も形もなかったように思いますがねぇ。

いえ、実を言えば私はあまりマンガを読む子供ではなかったので単に私が知らないだけなのかもしれませんが、『スラムダンク』が登場したのは私が既に大人になってからで、それ以前に記憶に残るようなバスケットボールのマンガがどうにも思い浮かびませんです。

まあ、マンガではなくてテレビの青春ドラマ『俺たちの旅』(出演:中村雅俊氏・田中健氏・岡田奈々さん)で、バスケットボールのシーンがあったような記憶もありますが……。

そもそも先に列挙した『巨人の星』以下、一連のマンガにしたってマトモに読破したものは一つもないのですがね。当時流行っていたから、友達に合わせて読んでみたものの、野球には全然興味が湧かなくて、どれも少し読んだだけで、すぐやめてしまいました。

それから『エースを狙え』のようなテニスや『アタックNo1』『サインはV』のバレーボールのマンガも流行っていましたが、これらは少女マンガでしたから全然影響は受けませんでしたしねぇ。テレビの青春ドラマではラグビーがよく題材になってはいたけど、これまた小・中学生には馴染みのないスポーツでしたねえ。

まあ、私の地元の高校はラグビーでは全国大会に出場したこともあったらしく、その高校のラグビー部員たちは地元では英雄視されていましたがね。

というわけで私の場合、野球をはじめとした球技にはほとんど興味がなかったのです。いろんなゴチャゴチャとしたルールがあって、それをおぼえるのが面倒くさくてたまらなかったのです。野球はするのも、観るのも興味がなく、体育の時間にソフトボールをした程度で、それも全然やる気がなくて。外野で適当にサボっていました。

皆さんは信じられないと思うでしょうけど、ルール自体、あまり知らないし、サッカー、バスケについては、全くルールを知りません。プロ野球だって有名な選手の名前を挙げろといわれても何人の名前を言えるかどうか超アヤシイですぜ。

そんな私が興味をもったスポーツは、プロレス(まあ、プロレスをスポーツに分類してよいかどうかは人それぞれ意見は分かれるでしょうがね)、相撲、柔道といった武道・格闘技系でした。プロレスについては戦争ごっこと並んで私の子供時代の遊びのメインであったことは、今までに何度か子供時代のエピソードとして書いてきましたよね。

私と相撲に関してのエピソードは、以前紹介した書籍『大山倍達正伝』のところで書いておりますから興味おありの方はそちらへどうぞ。

柔道については、小学5年生の時に同級生にK君というズングリムックリの体形をした、顔が朝青龍に似た少年がいたのですが、私はそんなK君をことあるごとにからかって、毎日フザケ半分でプロレス技を仕掛けていました。もちろん別にK君が嫌いだったわけではないから、決して意地悪していたわけではなく、本当におフザケの軽いもので、K君に痛い思いをさせたことは一度もなかったはずです。

しかし、ほぼ毎日のように仕掛けていたから、K君にしてみれば、さぞウザッタかったことでしょう。でも温厚な性格だったK君はそんな内心のウザッタイ思いをさほど見せずに、いつもニコニコしながら私のおフザケに付き合ってくれていたのですから、まだ小学5年生でありながら随分と人間のできた少年だったわけです。

それでもそんなある日の放課後、学校の体育館で、またいつものようにフザケ半分にK君にプロレス技を仕掛けたところ、突然、見事な背負い投げをくらってしまいました。 しかもK君の背負い投げはあまりにも鮮やかな一瞬の早ワザで、まるで地球の引力が突然なくなったかのように、フワッと体が浮き上がったと思うや、あっというまに視界の上下が逆さまになって、気が付けば床に背中をつけていたという有り様だったのです。

しかも驚いたことに、床に(私の学校は当時は木造でしたから、床も木製です)背中から投げ落とされたはずなのにさほど痛くはなかったのです。まるで魔法にでもかかったような不思議な体験でした。実は私の体を床に投げ落とす直前にK君は掴んでいた私の服の襟と袖を引き上げて、衝撃を和らげていてくれたわけだったのです。そして何が起きたのかすぐには理解できずに間抜けヅラで呆然としている私に向かって、K君は、「どうだ!驚いたか!!」とでも言いたげな顔でニヤッ!と笑ったのでした。

しかしその笑顔は、とても無邪気な表情で、嫌味なところや、威張ったところが全然なく、私はその一件でK君を見直して、以後、私は彼を「尊敬の眼差し」で見るようになりました。そしてK君が使った不思議な技が柔道の背負い投げというもので、K君は小学1年生の時から町道場で柔道を習っていることを知りました。

私はその時から柔道に興味を覚えたのですが、あいにく毎日、父親から有無を言わさずに剣道を仕込まれている関係上、柔道まで習う時間的余裕がなく、仕方ないので学校の休み時間や放課後にK君から個人的に柔道を教わるようになりました。とはいっても僅かな時間しかないから、基礎的な受け身も充分できないため、学校の体操マットを使っての、ほとんどプロレスごっこの延長みたいなものでしたがね。

しかし、その後K君とは中学3年生までの5年間を同級生として過ごしたために、いろんな柔道の技術や知識を教えてもらえました。残念ながら高校は別々になってしまいましたが、K君に5年間教わった柔道は高校でとても役に立ちました。

高校の体育の授業に柔道がありまして、私の学年には柔道の黒帯の者が何人かいたのですが、私はその黒帯の生徒相手に試合をしても一度も負けませんでした。大抵は引き分けでしたが、時には勝つこともありました。とにかく負けたことは一度もありません。まあ、あくまでも学校の体育の授業でのことですから、あまり威張れるようなものでもないのですが、本格的に柔道を習ったわけでもない素人のはずの私が、同じ素人の同級生どころか、黒帯を持っている相手と闘っても負けないどころか、逆に勝ってしまうことがあるので、その黒帯たちや体育教師がビックリしていたものです。

まあ、勝つことがあるいっても、先に述べたK君と半ば遊びのような形で身に付けた柔道でしたから、本格的な背負い投げだとか、一本背負いだとか、内股なんて技をキレイに決めたりできるはずもなく、組み合った相手を力任せに振り回したり、押し倒したりして、強引に寝技に持ち込み、無理矢理押さえ込みで仕止めるという、なんとも不細工な勝ち方だったのですがね。それに私が学年で一番ガタイが大きい重量級であったこと(高校時代の3年間は、体重はおおよそ85キロ前後でした。

現在は80キロ弱です)、一方の黒帯連中は皆60キロ台か、せいぜい70キロ前後のヤツしかいなかったこと、つまりウエイトのハンデということもあったわけですからあまり偉そうなことは言えませんがね。それでも遊び半分とはいえ、K君に柔道を教わった5年間がなければ、さすがに黒帯相手にはどうしようもなかったことでしょう。おそらく組み合った瞬間にアッサリ投げられ、マトモな勝負にはならなかったハズです。他の柔道未経験の同級生たちが皆そうでしたからね。

ちなみに私の高校は私が在学していた当時は部活としての柔道部は存在しませんでした。私と戦った黒帯たちはラグビー部の連中でした。私は以前、自分のプロフィールでも記述したように高校時代の部活は、はじめ写真部、後に演劇部だったために、体育会系の連中が幅ををきかせて、大きな顔をして仕切っていた我が高校においては、男子では少数派で、孤立に近い状態でしたが、この柔道の授業で黒帯にも負けなかったことで、かろうじて立場を守れました。そしてそんな私に柔道を教えてくれたK君の友情に深く感謝したものでした。

さて、自分の昔話はここまでにいたしまして、本書は野球、サッカー、マラソン、ゴルフ、水泳、スキー、ボウリング、テニス、バスケットボールなどなど私達にとって、プレイするのも観るのもお馴染みのスポーツから、アイスホッケーやシンクロナイズドスイミングやウインドサーフィン。ハンマー投げや、ボブスレーなどのちょっと特殊なスポーツまで、様々なスポーツの面白い知識やエピソード、Q&Aを満載した手軽なスポーツ百科事典ともいうべき一冊です!どうぞ、お楽しみあれ!

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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