2007年05月02日

のんこ 著者/日高のり子

《児童劇団から子役でデビュー、舞台や戦隊ヒーロー物や学園ドラマ、NHK『レッツゴーヤング』等を経て、18歳でアイドル歌手デビュー。目指せ!レコード大賞に紅白歌合戦!?かと思いきや、世の中そんなに甘くない。仕事の数には恵まれども、ヒット曲には恵まれず、「がけっぷちアイドル」なんて、全然ありがたくない呼び名まで進呈される始末、アイドルの夢ははかなく消えた……かと思いきや、いちファンの「声優に向いているのでは?」の言葉に心機一転!声優の世界へ飛込んで、あまりにも有名な大人気アニメ「タッチ」のヒロイン浅倉みなみ役を見事にゲット!がけっぷちアイドルが、日本中のアニメファンのアイドルに!まさにOVER NIGHT SUCCESS!そしてDREAMS COME TRUE!を実現させ、アニメ声優のスーパーヒロインとなった、「のんこ」こと、日高のり子さんの、歌って踊って、泣いて笑って、叫んでドジって、子供を産んで……のスーパーハートフルエッセイ》

皆さんは現在の自分に繋がる運命的な出会いをした時はいつのことですか?

現在の人生について貴方が満足しているか、不満を感じているかは人それぞれでしょうが、現在の自分は昨日今日ポッと現れたわけではないのだから、現在の人生にはそれに繋がる何らかの出会いが必ずあるはずです。その出会いの相手が友人や先生・先輩のような人間か、書物か、絵画や映画か、何かの出来事かは、これまた人それぞれでしょうがね。私の場合は何だったか。

このインテリジェンスの別の項で何度か書きましたが、私は元々、父や従兄弟達同様に自衛官になるつもりだったのですが、高校二年生の時に小泉今日子似の美人上級生に誘われて入った演劇部で私は演劇の魅了され、その挙げ句、両親の反対を押し切り、てゆーか、無視して演劇をするために上京して今日に至るわけですが、では、私の運命の出会いはその高校時代の美人上級生と演劇部なのかといえば、ちょいと違う。

実はそれ以前に明確に意識はしてはいなかったにせよ、現在に繋がる出会いがあったのです。それは中学生の時に聞きはじめたラジオの深夜放送『鶴光のオールナイトニッポン』でした。この番組との出会いが、高校の演劇部以前に、私の人生を大きく軌道修正(両親に言わせれば脱線)させる出会いだったのだと、のちに思うようになりました。そもそも私がラジオを聞き出したのは小学六年生の頃。姉が地元のローカル局で夕方に放送していたベストテン形式の音楽リクエスト番組を聴いていたのに興味を惹かれたのが最初でした。

しかし、興味を惹かれたと言ったって、それはその放送で流される最新歌謡曲に対してであって、リスナーからの葉書や、パーソナリティーとリスナーの電話での会話には、さして興味は惹かれませんでした。やはり番組のメインが歌謡曲等の音楽を流すことだったため、リスナーの葉書やパーソナリティーとの電話での会話は手短な他愛のない話でしかなかったからです。だからそのリクエスト番組についてはテレビ以外で当時の最新ヒット曲を聴ける媒体が一つ増えた程度の感覚しかありませんでした。そして中学一年生の時、当時所属していた剣道部の先輩から、「面白いから聴いてみろ!」と奨められたのが、『鶴光のオールナイトニッポン』でした。

それまで私は早寝早起きの健康的な少年で、深夜のラジオ放送なんてものがあることなんか全然知らなかったし、ましてや前述のリクエスト番組以外はラジオ番組を聴いてなくて、DJというものも、よく理解しておらず、『オールナイトニッポン』なんて私にとって全くワケのわからないものだったのですが、仲の良い先輩があまりに熱心に奨めてくれるので、人一倍強い私の好奇心が刺激されて、では試しに一度聴いて見ようかと思いました。

その『鶴光のオールナイトニッポン』は私にとって衝撃的でした。世の中に、こんな面白いものがあるとは!いえ、これは『鶴光のオールナイトニッポン』が、という意味ではなく、DJというものが、です。それまで聴いていた音楽リクエスト番組はあくまでも音楽番組であって、リスナーの声は添えもの程度だったのが、『鶴光のオールナイトニッポン』ではパーソナリティーの鶴光師匠とリスナーが葉書や電話を介して、様々なコーナーを設けて楽しく遊びながら番組を作り、進行させていく。パーソナリティーとリスナーとの交流がしっかりと感じられ、それまで別世界からの一方通行にしか感じられなかった放送業界が、一気に身近に、手を伸ばせば届きそうな、声をかければ答えてくれそうな親近感を感じさせてくれました。

これでDJに猛烈に興味が湧き起こった私は、それ以後、私は地元のローカル局のDJはもちろんのこと。受信可能な局のDJを片っ端から聴き出しました。鶴光師匠以外のオールナイトニッポンはもとより、その他のニッポン放送の番組やTBSラジオでオールナイトニッポンと同時間に放送していた『パックインミュージック』や『歌うヘッドライト』や、さらには大阪や京都のラジオ放送や、東海ラジオの『ミッドナイト東海』(この番組を聴いたのは20年以上前だから、現在どうなってるのかな?)なんて番組までも聴取しだしました。

オールナイトニッポンに関しては私の地元のローカル局で中継していたから、わりと感度よく聴けたのですが、他の局は私の地元から遠く離れていたため、受信が結構苦労しましたが、それでもDJの虜になった私は暇さえあればラジオを聴くようになり、高校に入学してからは小型ラジオを学校内にまで持ちこみ、つまらない授業や嫌いな教師の授業の時は授業をサボって学校の近くの河原の土手に寝転がって地元局の(昼間は東京や関西の電波が受信できなかった。中継局があるNHKは別だが)のDJを聴いていたほどでした。

『鶴光のオールナイトニッポン』との出会い以来、多分、一日のかなりの時間をラジオの聴取に割いていたはずです。そしてDJの世界に深入りしていった私は将来、DJパーソナリティーか、ラジオ番組の制作スタッフの仕事につけないだろうかと考えるようになりました。この思いは丁度、演劇部に入った時期と重なっており、どちらにしても私の人生の未来図は演劇かラジオ番組のパーソナリティー又は制作といった、なんらかの芸能による表現世界に軌道修正されたわけです。

結局は演劇の道を選択したのは、当時の私が入手し得る限りの情報では放送局の番組制作スタッフへの道よりも、演劇に進む道のほうが近道だと判断したためでした。演劇の仕事で名が売れれば、ラジオのDJの仕事ももらえるかもしれないという打算もありました。

残念ながら現在に至もその打算は実現しておりませんが。また、それほどのめり込んだラジオのDJも、上京して演劇&バイト三昧の日々が続くにしたがい、時間的余裕が激減し、今では極々たまにしか聴く機会がなくなり、私の養成所や劇団時代の仲間が出演しているミニFMを聴く程度になってしまいました。

さて、そこで今回、紹介いたします『のんこ』の日高のり子さんなのですが、彼女こそ、私がDJの面白さに目覚め、そして現在、芸能界の末席にしがみついている人生に行き着くという、大袈裟ながら、運命の出会いである『鶴光のオールナイトニッポン』のアシスタントをなさっていた方なのです。

『鶴光のオールナイトニッポン』は他の曜日のオールナイトニッポンが一部・二部と二時間ずつ分かれてるのと異なり、鶴光師匠が四時間通してパーソナリティーを務めるものでしたが、番組がAM2時30分頃に差し掛かると若い女性タレントがアシスタントとして登場し、鶴光師匠と一緒に番組を進行させていくスタイルでした。

私が最初に聴いた時はアシスタントは芦川よしみさんでしたが、その初聴取の日が、芦川よしみさんのアシスタント最後の放送日でして、その後、白坂のりこさん、河合ゆう子さんと続き、日高のり子さんの登場となるわけですが、この日高のり子さんのキャラクターは私を強く魅了しました。多くの人には、日高のり子=声優のイメージが強いのでしょうが、私にはいまだに声優・日高のり子よりもアイドル歌手で鶴光のオールナイトニッポンのアシスタント時代の日高のり子さんの印象の方が強いのです。

ちなみにそれは、タレント松本明子さんについても言えることで、彼女もかつて鶴光のオールナイトニッポンでアシスタントを担当しており、日高のり子さんとは別の意味で強烈に印象が残っています。さて、日高のり子さんですが、私はアシスタントとして毎回、爽やかで、オチャメなキャラクターで、しかも鶴光師匠やスタッフ達に番組内でオモチャにされながらも頑張る彼女のファンになりました。

ちなみに日高さんが自分の母親の名前が「ミズコ」であると喋ったら、鶴光師匠がそれを「水子」とこじつけて番組内で「水子の霊やぁ!水子の祟りじゃあ〜!」という絶叫を毎回連発して日高さんをからかっていたのを今でも楽しく思い出しますし、また鶴光のオールナイトニッポンの売りはシモネタの氾濫にありましたが、日高のり子さん以前のアシスタント(といっても白坂のり子さん、河合ゆう子さんの二名しかしりませんが)が、鶴光師匠やリスナーからの葉書のシモネタにうまく反応できず、番組から浮いていた印象があるのに比べ、日高のり子さんはアシスタントを開始した当初は戸惑い気味でありながらも回を重ねる度に結構ノリのよい反応を示すようになり、番組の一員としてよく馴染んでいたのも私が彼女に好感をもった一因でもありました。そこのところが彼女が単なる使い捨てアイドル歌手とは違うキャラクターを持っていたことの証拠と言えるのかもと考えております。

彼女のファンになった私は彼女のデビューシングル『初恋サンシャイン』、セカンドシングル『もう一度ブラックコーヒー』、サードシングル『一粒の涙』も買い、頻繁に聴いていました。そして彼女がアシスタントを終了する日、彼女は番組内で貰っていた5分間ほどの彼女単独のコーナー『日高のり子のアップルンルン』で、それまで元気に明るく喋っていたのが、コーナー終了の直前に、番組を去ることへの淋しさが吹き出したのか、「この番組をずっと続けていたい!」と泣きながら絶叫したことも思い出深く記憶しています(ただし、この記憶は25年くらい前のものですので、万が一、私の記憶違いであるのなら、実際にどうだったかご存知の方からご指摘いただければ幸いです。多分、間違いないと思いますが)。

さて、そんな日高さんが、オールナイトニッポンを去った後。私は彼女のファンとして彼女の今後を心配しました。鶴光師匠が、「辞めていったアシスタントは皆、脱ぐか、消えていく」と言っていたために、彼女もそんなふうになっていくのかな、と不安に駆られました。

その後、度々、鶴光のオールナイトニッポンにゲスト出演し、坂上俊恵さん、浜田朱里さんと共に「崖っぷちトリオ」なんていう名前まで頂戴するハメにもなりました。この“崖っぷち”の意味は、鶴光師匠曰く「たとえ、売れていなくても、まだ、かろうじてアイドル歌手として業界内で扱われている、崖っぷちギリギリの状態でアイドル歌手の地位を保っている」という、ありがたいのか、ありがたくないのか分からないネーミングでして、さらに鶴光師匠は「のんこは仕事がなくて芸能界から消え去り山奥で野垂れ死にしてカラスにツツかれている」なんてジョークまで言う始末。もちろジョークに決まっているのですが、彼女の芸能界人生を心配したのは事実です。

しかし、それから間もなく、アニメ『タッチ』の浅倉南役で見事に大ブレイクしたのは、多くの皆様ご存知の通りです。それからの日高のり子さんは、改めて言うまでもなく人気声優街道を大爆進!日高のり子といえばほとんどの人が声優と答えるだろうくらいに、超人気声優になられました。

『タッチ』の大ヒット後に鶴光師匠も『アシスタントで唯一人、出世した娘』と言わしめたほどの人気を獲得いたしました(ただし、日高さんの後に坂上俊恵さんを経て、鶴光のオールナイトの最後のアシスタントを務めた松本明子さんも、その後、大人気タレントになりましたから、正確には“唯一人の出世した娘”ではなく、“初めての出世した娘”が正しいでしょう)。

手前味噌を承知で言わせてもらえば、オールナイトニッポンで日高のり子さんを知った時に、「この人はイイ!」と思った私の感性は正しかったと感じています。まあ、それは私に限らず日本全国に、同様に感じた人は大勢いたことでしょうがね。変な自慢をしてスミマセンm(_ _)m 。

なにはともあれ、そんな日高のり子さんの人生が語られている彼女の著書『のんこ』を、ぜひとも、お楽しみいただきたく、ここに紹介する次第であります。

◎内容抜粋
『〔タッチ〕の南ちゃんの役が決まった!』
先日、ある番組の飲み会でキャスティングに関する裏話を耳にしてしまった。 「実はね、この役を新人さんでいこうということになって、日高さんにお願いしたんですよ」。安全パイ=安心して任せて大丈夫という意味でおっしゃったのだということは重々承知だけど、信頼していただけてありがたいとは思ったのだけれど、やっぱり私は、なんだかとってもガックリしてしまった。声優のお仕事をするようになって10年以上もたった今、安心してキャスティングしていただけないようでは、役者としての価値はないに等しいのかもしれない。でも「君を選んだのは冒険だった、けど選んでよかった」って言ってもらえたときの嬉しさって格別なんですよね。期待してもらえた嬉しさと、期待に応えられてよかったと思う気持ち、この二重の嬉しいがたまらないのです。あっ!でも逆に考えれば危なっかしい役者ってことでもあるか……、うーむ。それでもサ、未知の可能性を持ってるって何かすごくいい感じじゃないですか?こう考えるのは私だけかなぁ……。期待されて、その期待に応えようと必死に頑張ると、自分でも驚くくらい成長できるんですよ。もちろん、それにはいくらかの苦しみもともなうんですけどね。私の声優デビューとなった作品が『超時空騎団サザンクロス』。これは、ラジオ番組を録音したテープを聴いていただくという、テープオーディションでした。2作目の、『よろしくメカドック』が初めてセリフ読みのオーディションで受かった番組。声優という仕事が楽しくて、夢中でアフレコしてました。多少のヘタクソは、新人ということと顔出しのタレントということで大目に見てくださったのか、お残りすることもありませんでした。ところが……、3作目の『タッチ』はそうトントン拍子にはいかなかったんです。私が『タッチ』のオーディションを受けたのは、まだ『よろしくメカドック』のアフレコをしていたころ。私たちがセリフをしゃべるスタジオとガラス1枚隔てた向こう側に、音響監督さんたちがいらっしゃるサブがあります。その日、私たちに背を向けるように壁に向かって腕組みして立っている、一見恐そうなオジサマがサブにいらっしゃいました。誰なんだろう?気にはなったものの、きっと私には関係ないだろうって思ったんです。アフレコが終了してスタジオを出たとき、「のり子ちゃん」と呼び止められて 「今度『タッチ』という番組のオーディションを受けてもらうから、よろしくね」と言われました。『タッチ』の単行本は全巻持っているほど好きだったくせに、その時はピン!とこなくて、それよりも恐そうに見えたけどやさしい人なんだ、なんて謎のオジサマの印象の方が強く心に残りました。オーディション当日、待合室の机に、『タッチ』の単行本が積み重ねてあったことと、呼ばれて入ったスタジオが、ラジオ番組の録音スタジオと同じくらい小さかったこと以外、あまりよく覚えていないんです。読んだセリフは……。南「おはよう、カッちゃん」。 和也「おはよう、南に朝のプレゼント」と言って、りんごを投げる。ああ、この続きも忘れてしまった。和也が南に向かって投げたのも、りんごだと思い込んでるけど、もしかしたら違っているかもしれない。私って、想い出を自分流にアレンジして記憶しているらしいんです。らしいというのは、はっきりと自覚していないからなのですが……。 

『タッチ』
のオーディションでのセリフは2回読んで3回目が本番という段取りでした。1回目も2回目も、もっと明るくとダメ出しをされて、果たして本番でその部分をクリアできたかどうか、不安な気持でスタジオを出ました。結果がわかったのは、オーディションから随分たってからで、私はとっくに落ちたものだと思っていました。受かったと聞かされたときもすぐには信じられなくて、記者発表の日まで、夢かもしれない、嘘かもしれないと、嬉しい気持ちに浸るどころか不安で胸がいっぱいでした。記者発表の日、会場へ行くと『タッチ』のフィルムが流れていました。 「おれ、上杉達也」と三ツ矢さんのナレーションも入っていました。うわぁ、タッちゃんの声だ、カッコイイ。私、本当に南をやれるんだ、でなきゃここにいるはずないもんね、嬉しい、嬉しい!!憧れの役を手に入れた喜びに身体中がカッと熱くなりました。初めて心から、嬉しいと思えました。1歩現実に近づくと、周りを見るゆとりが出てきます。そうなると気になるのが共演者、達也役の三ツ矢雄二さんて、どんな人なんだろう? 「三ツ矢さんがいらっしゃいました」 「えっ!?」。 ドキドキしている間に、三ツ矢さんが私の隣にいらっしゃいました(ま、まず挨拶しなくちゃ)。 「南役の日高のり子です、よろしくお願いします」。 三ツ矢さんはちょこっと私を見て 「新人ね、よろしく」 と言うと、もうほかの人と話をしています。 「コ、コワイ人だ」。ウキウキした気持が、少しブルーになりました。今思えば、『タッチ』は本当に新人が少ない番組だったと思います。少ない中で、セリフの多い私のアラが目立たないわけがありません。セリフを言うだけでも大変なのに、出演者の多いこの作品では、マイクの譲り合いも大切なポイントになってきます。元々動作がトロい上に、セリフの反省をその場でしてしまう私は、セリフがなくてもボケーっとマイク前にいることが多くて、共演者の皆さんには本当にご迷惑をおかけしました。下手に動くと、かえって邪魔になっちゃうんですよね。 「いいよ、そこにいて、僕たちが動くから」 って言われたとき、「はい」と答えながら、どういう意味だろうと考えていた私。言われるがままに、その場に立ち尽くしていると、3人の頭が左右と下から同時に出て、セリフを言うなりパッと消えたんです。お芝居だけでも大変なのに、みんなスゴイ!偉い!!私なんて、セリフがなくても自分の席に戻ることすらできなかったのに(それが邪魔だっつーの)。失敗もたくさんしましたね。 一、マイク激突事件!(セリフを言うたびに1歩ずつ、マイクに近づいて行っちゃうんです)。 「あんた、マイク通り越さないでよ」 と三ツ矢さんに言われました。 一、鉄のTシャツ事件!(南ちゃんがTシャツを脱ぐシーンで、大魔人の変身のような声を出してしまったとき)。 「あんた、そのTシャツ鉄でできてるの?家でもそうやってたら着替えるだけでくたくたね」 と三ツ矢さんに言われました。一、究極のダメ出し事件!(南と達也がふたりで和也のお墓を前にして話すシーンで、私のセリフになかなかOKが出なかったとき)。 「もっとアッシを愛して!」と三ツ矢さんに言われました。ほかにもいっぱいあったはずだけど、何だか忘れてしまいましたね、ハハハ。私が南ちゃんに決まったのは、オーディションテープのナンバーが末広がりの八番だったことと、下手だけどこの子にかけてみようと、皆さんが思ってくださったからだそうです。そして、始まってからも、愛ある厳しい言葉で見捨てず育ててくださった。私が今、こうしてお仕事をさせていただけているのも、『タッチ』での2年間のおかげだと心から感謝しています。この2年の間に謎のオジサマこと音響監督の藤山さんの髪は、すっかり白くなってしまいました。『タッチ』が終る頃、その髪を白くしたのは私のせいですね、と、冗談のつもりで言ったら、 「こぶ平とな」 という答えが返ってきました。 「げっ
、マジですね」。ああ、もう、本当に重ね重ね、どーもスミマセン。(P48〜P53)

私としては本書に『鶴光のオールナイトニッポン』のアシスタント時代のエピソードがあまり書かれていないことがイマイチ不満ですが、まあ、日高さんにとっては、やはり声優が芸能人生の大きなウエイトを占めているのでしょう。

日高さんへ、そのうちオールナイトニッポン時代のことも詳しく本にしてくださいね!  〔主婦の友社〕


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日高 のり子
東京都出身。高校時代、NHK『レッツゴーヤング』サンデーズのメンバーとして活躍、ニッポン放送『鶴光のオールナイトニッポン』のアシスタントなどもつとめ、テレビ・ラジオで活躍。その後、声優としても活動をはじめ、テレビアニメーション『タッチ』の浅倉南役で爆発的な人気を得る。その後も宮崎駿監督作品『となりのトトロ』など話題作品に多数出演。ラジオパーソナリティーとして文化放送『ノンコとのび太のアニメスクランブル』、KBS京都『日高のり子のTokyo Wonder Jam うり!うり!うりほぅ!』、TOKYOーFM『アースコンシャスドリーム』等に出演。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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