2006年11月22日

The jeep 著者・ワールドフォトプレス/編

《あなたが熱愛する車は何?ポルシェにフェラーリ、ベンツにBMW、ジャガーやシボレーコルベットなど日本人に熱愛される外国車は確かにどれもこれも素敵なデザインですね。ところでJEEPなんていかがです?ただし、最近のRV車と化したJEEPではなく、れっきとした軍用の、四角張ったゴッツイ車体に、オリーブ色のカラーで塗装されたアメリカ軍の象徴ともいえるJEEP。私なんか、あの武骨なデザインとカラーがシビレルくらいにたまりません!それにJEEPはかの第二次世界大戦において連合国軍勝利の陰のヒーローとさえ、言われているほどの優れた存在です。連合国軍に破れた日本の国民たる私としてはクヤシイけれど、それでもそのクヤシイ気持ちを超越して惹き付けられる魅力を感じさせられます。そんなJEEPが、いつ、どうやって生み出され、どこでどのように活躍し、愛され、そしてどんな進化を遂げて未来へ行くのか。アメリカ自動車産業が生み出した万能車両JEEPの世界へ、どうぞいらっしゃい!》

みなさんは、子供の頃に車に夢中になった経験はありますか。え?子供の頃だけじゃなく今でも夢中だって?!こりゃまた失礼いたしまたした!ここで私が言いたいのは、私と同世代の方々、つまり昭和40年代前半の方々が、おそらく車の魅力に目覚めたであろう小学生の頃に、まずどんな車に興味や
憧れを持ったのかということです。

私が小学校高学年の時にいわゆるスーパーカー・ブームなるものが巻き起こったのですが、私と同じ昭和40年代前半生まれの方々は今でも鮮明にご記憶のことと思います。やれランボルギー二だ、フェラーリだ、ポルシェだと、プラモデルやら雑誌のグラビアやらポスターやらを集めまくりません
でしたか?!

ちなみに当時の日本車も安かろう悪かろうの時代を脱して性能や品質を向上させて海外市場への急速な輸出を進めていてフェアレディZやコスモ等のスポーツカーが人気を高めだしましたし、、カッコよさとしてはヨーロッパのスーパーカーに負けていないムスタングやシボレー・コルベット、そしてスポーツカータイプではないけどキャディラックやリンカーンなどの豪華なアメリカ車といったところではないでしょうか?

では私はどうかというと、以上挙げたどれでもなく、夢中になった車とは「JEEP」。そう、軍用車両のジープでした。なにせ私の生まれ育ったのは田舎町だけにスーパーカーは言うまでもなく、キャディラックやリンカーン等のアメ車のような、いわゆる外車は無かった。いや、あったのかもしれないが、少なくとも、私がそこで過ごした18年間で見た記憶は残っていません。普通の国産車は、いくら田舎町でもありふれた存在だったから、特別、興味を惹かれませんでした。

しかし、そんな田舎町で唯一、非日常的な車があった!それがJEEPでした。私の故郷の町には陸上自衛隊の駐屯地があり、町中で頻繁に自衛隊のJEEPを見掛けました。私がミリタリー・マニアだったせいもあるけど、あの武骨でワイルドな形と色彩は私にはたまらなく魅力的に映りました。友人達のほとんどがランボルギーニ、フェラーリ、ポルシェ等に夢中になり、それらのプラモを作っている時に、私はJEEPのプラモ(とはいっても、数の上では戦車や装甲車の方が多かったけど)を喜々として作っていました。だから大人になって車を持つとしたら必ずやJEEPを、と考えてました。残念ながら諸々の理由からその願いは未だ実現しておりませんが、私が心躍らせたJEEPの魅力を広く伝えたく思い本書を紹介いたします。

◎内容抜粋
『第二次大戦の陰のヒーロー』
「第二次世界大戦中、我々に勝利のパワーを与えてくれた武器、資材類はたくさんあるが、なんといってもありがたかったのはJEEPとDUKWなるものの存在だった……」(アメリカ合衆国陸軍参謀総長 元帥ジョージ・C・マーシャル) 「ジープとC47型機と“イーガー・ビーバー”が無かったら、我々は予定通りの勝利を得るために、さらに困難を重ねなければならなかっただろう」(連合国軍総司令官 合衆国陸軍元帥ドワイト・D・アイゼンハワー) 片やジープとゼネラル・モーターズ社(GM)製のGMC2・5t標準戦術カーゴ・トラックをベースとした水陸両用車ダック……、もう片方は、ジープとダグラスDC-3輸送機、それに働き者のビーバーの異名があったGMC2・5t標準戦術カーゴ・トラック。ニュアンスには多少の差こそあれ、第二次大戦終了後、アメリカ軍の最高リーダー いずれも史上に残る偉大な将軍達が、こぞってその筆頭にかかげ賞讚したのは、大戦中初めて登場したカッツでスパルタン、「走れぬ所、できないことはない!」とまで言わしめた、全輪駆動の野戦用小型フィールド・カー「ジープ」であった。そして、ことほど左様に、その活躍ぶりは有名な将軍達ばかりでなく、一般将兵達によっても後々まで語り継がれ、未だに「ジープ」のスーパー・マン的な信頼性はくつがえされていない。そればかりか、この軍用ジープを手本とした、幾多のいわゆるジープ・タイプ・カー、小型全輪駆動車、あるいは四輪駆動車といわれるものが、その後、世界各国で、軍用、民間用を問わず、どれだけ造り出されたか、今更改めて説明する要もあるまい。また今日、産業界、ビジネス界、レジャー、アウトドア・スポーツ等々の世界においても、もはや、なくてはならぬビークル・マシンとして、揺るぎ無い“ジープの世界”が築き上げられていることも周知の事実である。ただ単に、戦場を駆けるためのもの、そうした範疇からジープはすでに大きく飛躍している。(P34〜P36)

『ジープの名はどうしてつけられたか?』
ジープという言葉の語源であるが、初めに誰がそう名付けたかということも、何故そう呼ぶようになったかということも、いまもってはっきりわかっていない。当時、それまでになかったユニークな軍用小型四輪駆動車のテストなどにたずさわった、陸軍補給部の将校や兵士達は、GENERALーPURPOSE(万能・多角的)の頭文字、GPから出たものと言っているし、また、他ではフォード・GPのGPから来たもの、という説もある。その他、漫画の『ポパイ』の中に登場していた、“ユージン・ザ・ジープ”という名のどんなことでもできないことはない怪動物にちなんだという説もある。アメリカの自動車修理工場で、その頃よく使われていた、エンジンや電装品ん検査する万能テスター、ポータブル・キャビネット・タイプのその機器が、そのものずばり「ジープ」と呼ばれていたことから、似たようなイメージのもと、誰言うこともなしに愛称となったという説など様々だ。さらには、いかにもスパルタンな頼りがいのある大馬力のディーゼル機関車を、鉄道関係の人々がジープと呼んでいて、それからの連想で名付けられたという説もある。ジープが誕生する少し前の1939年頃から、アメリカ陸軍の中には、少しぐらい乱暴に扱ってもびくともしない、頑丈一点張りに作られている軍用トラック全般をさして、「ジープ」と呼ぶ習慣が既にあり、それがたまたま新顔のちょっと毛色の変わったやつを示す愛称に、いつのまにか固定化して伝えられていた、という人もいる。いや、それはミネソタ州陸軍の第109補給部隊のジェームス・オブライアン軍曹が、自分の管理していた力の強い大型砲牽引用のごついトラクターを、「ジープ」と呼んでいて、新たにその手元に配属された車両をテストした途端、「こいつは凄いや、これもジープだ」と叫び、それがそのまま他の部隊にも伝わって、「ジープ」なる呼び名が普遍化していった等々、諸説ふんぷんである。が、いずれにしても、いまだかつて、これぞまさにそのものずばりの真説といったものは出ていないようである。また、ジープの語源がなんであれ、「JEEP」という愛称、名称は、ウイリス・オーバーランド社によって法的に届け出がなされている独占商品名、要するに“登録商標”で、現在、その使用の権利を引き継いでいるのが、AMC アメリカン・モータースだ。したがって、他のメーカーはカタログその他に、「ジープ」という、そのものズバリの語を使用することはできない。日本でもウイリス社との契約によって、戦後まもなく「ジープ」の生産を開始した三菱を除き、ジープ・タイプ・カーに独自のネーミングをしているのは、そのためである。M151シリーズにしても、独自の愛称を“MUTT”としているのはそのためだ。(P77〜P80)

軍用車として誕生しただけあって機能本意、実用一点張りのデザインは武骨といえるが、同時にシンプル・イズ・ベストという解釈もできる(そもそも私は武骨という言葉は嫌いではない)、現在、RV車が広く愛されているのを見ても、その原型ともいえるジープのデザインの秀逸さを意味しているのではないだろうか。 〔光文社文庫〕


icon
icon

ワールドフォトプレス編
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。