2006年10月16日

やっかいな隣人韓国の正体 なぜ「反日」なのに、日本に憧れるのか 著者・井沢元彦/呉善花

山口氏の読みどころ

安倍晋三氏が自由民主党の総裁に決まり、安倍政権が確実になった今、小泉政権の政治路線も、おそらく継承されることでしょう。となると小泉政権の5年間に悪化した中国、韓国との外交関係はどうなるか?!という心配が、さぞや政界や経済界、マスコミ、一般市民の間から沸き上がるかと思います。

しかし、私は思うのですが、小泉政権の5年間に関係悪化したもなにも、そもそも日中、日韓関係に良好だった時代なんて、はたして今まで存在したことなどあったのでしょうか?「何をバカな?!」と、おっしゃりますか。しかし、私は真面目にそう思います。戦前の関係まで言及しだしたらキリがないが、日本と中国・韓国とが国交回復して以降でも、平和・友好関係が成立していたとは言えないでしょう。

なぜなら中国との尖閣諸島、韓国との竹島領有問題は国交が回復した後も現在にいたるまで国家間の火種として存在していることは今更、言うまでもないですが、領有権問題があるということは、つまり理論上は、いつ何時、戦争状態になってもおかしくないということに、なりはしませんでしょうか。

特に竹島は韓国の不当占拠、否!侵略により、奪われたままです。もっとも日本国憲法第9条などという、おとぎ話的な文言に呪縛され、マトモな対応ができない、普通の国家なら間違いなく自衛権に基づき武力で反撃するはずが、できないでいる日本自身にこそ何よりも問題があるのですがね。

いずれにせよ、国際関係上の根本的なものともいえる領土問題が存在している以上、日韓・日中間に友好的関係なんて存在してなんかいないと思います。それが理解できない人々が存在するのは、友好という言葉の意味を誤解しているからでしょう。私が常々イカガワシク思えるのは、友好なる言葉です。一体、友好なる言葉の定義は何なのでしょう?例えば日韓関係でいえば、何をもって友好の基準とするのでしょう?

当たり前のことを今更言って恐縮ですが、国家とは、その国家を構成する“国民”の利益の維持、増大の為に存在するわけです。日本という国家は日本人の為に。韓国という国家は韓国人の為に存在するのであり、それ以外のどんな国や国民の為に存在するわけでもありません。他国との協調はそれが、自国の国益に有利だからであり、身も蓋もない言い方をすれば単なる“方便”に過ぎません。単なる方便に過ぎないモノを“友好”という美名で粉飾しているわけです。方便を方便と割り切って利用するなら良いのですが、それが理解できない人々が友好なる美名に眩惑されて、存在もしない青い鳥を追い求めているわけです。この私の主張に異議のある方も多数おられることでしょうが、それならそれで友好なる言葉の具体的な定義や基準を説明なさって頂きたいです。

さらに言わせてもらえば日本人が考えている友好とは日本人の精神世界でのみ存在するもので、中国、韓国や、そしておそらくは日本以外のいかなる国の人々の精神世界にも日本人が考える友好なるものは存在しないと思います。なぜなら地球の資源は有限であり、またその有限な資源を無駄なく活用できるほどには、人類の科学は発達していない。

だから、どうしたって各国は自国の権益の維持、増大の為には他国と競い、争わなければならない。個人の次元では或いは仲良しになることも可能かもしれませんが、国家を個人と同じ次元で考えてはいけないのです。国家の次元において、自国の立場を抑えて、他国に譲ることは即ち敗北であり、自国の権益の維持増大に反する売国に他ならず、これを友好という言葉にすり替えて自分を騙している国家や国民は他国の格好の餌や、なぐさみ物になるより他にないでしょう。

ここで紹介する『やっかいな隣人 韓国の正体』をお読みいただければ、友好なる言葉の虚妄さがイヤでもご理解いただけることと思います。我々、日本人に必要なことは“友好”なる正体不明の言葉に惑わされず、自国の尊厳と権益を守る為に他国と対決するだけの準備と覚悟を持つことではないでしょうか。日本側がいくら日韓関係の友好を望んでみても、韓国側が、日本側の望んでいるような友好に応じる意思があるとは思えません。韓国はあくまで韓国の尊厳と権益を基準に考えて行動するわけですから、いちいち日本に配慮してくれるわけなどないのは当然です。

国家とは本来、そういうもので、喧嘩にならないように、こちらの都合も考えてくれるだろう、と思い込んでいる日本がアホなのです。だから日本は喧嘩になった時の為の準備と覚悟をしておく必要があるのです。その準備と覚悟をする上で必要なのが韓国の正体を知ることでしょう。韓流スターやグルメやエステ等を個人の次元でアイテムとして愛好するのは結構ですが、それと国家間の関係とは全く別問題であると承知しておくべきでしょう。

【日本はどう向き合うべきか】
『韓国には、北の核を恐れる理由は全くない◆呉』
多くの韓国人は、北朝鮮の核保有を何とも思っていません。韓国人に核アレルギーなどというものがないどころか、むしろ核保有は国力の証しだし、それにより国際的な発言力を持つことができるなら大いに結構だと思っているんです。北朝鮮が同胞に核を用いることはない、それよりも核を持つことで日米と互角に渡り合うことができている、南北国家連合をつくれば核は韓国のものにもなると、本音では多くの人がそう思っているんです。昨年、竹島問題で反日問題が大騒ぎになっていたときに、有名な韓国の作家、日本でも翻訳出版された『ムクゲの花が咲きました』(※管理人注:韓国と北朝鮮が共同で日本に核攻撃をするという近未来小説)を書いた、李文烈という人が、こういう発言をしたんです。独島(※韓国側の竹島に対する呼称)の存在はとても面倒臭いものだ、そんな面倒臭いものならば、北朝鮮のミサイル基地にして、日本に対する防衛基地として使えばどうかと。この発言は大変な反響を巻き起こしたんです。インターネットでの反応が新聞に紹介されていましたが、とにかく驚いたと、そして大半は愉快だという言い方をしている。それは素晴らしいアイデアだ、とても愉快だというのが大方の反応でした。(P275)

『日本人のバランス感覚は、韓国、中国には通じない◆呉』
韓国はいつも極端から極端へと振れてばかりいて、バランスをとることができません。そういう民族からは、日本人のバランス感覚というのは優柔不断な姿勢にしか見えません。実はそこに、相手への配慮があるということには気が付かないんです。例えば日本が経済的・技術的な援助をするとき、「韓国のお役に立てれば幸いですが、それは日本にとっても幸いなことです」みたいな言い方をするでしょう。植民地時代のことでもそうです。「朝鮮に莫大な投資をしましたが、それは朝鮮のためであるとともに、日本のためでもありました」という言い方をする。相手への配慮からそう言っている。ところが韓国人は、日本人がそう言うんだから、日本人は自分達の利益を狙って援助しているんだと、そういう受け取り方をするんです。一方的に援助してやるという言い方は、日本人の美意識に反するみっともないことでしょう。だから自分達のためにもなることだという言い方をするんでしょうが、純粋にあなたたちのためにやってあげているんだと言った方が、韓国人や中国人には受けがいいんですよ。その方が感覚的に納得できるんです。そんな言い方をしたら相手が怒るだろう、そんな言い方はみっともないと考えるのは、日本人だけです。少なくとも韓国に対しては、これは韓国のためにやっていますとはっきり言った方がいいです。「これは韓国のためにも、日本のためにもなりますから」となると、韓国人にはその「日本のため」というのが気に入らないんです。日本人のバランス感覚は、韓国人や中国人にはまるで通じません。(P276、P277)

『韓国がどう考えるかなどと心配する必要はひとつもない◆呉』
少なくとも、韓国がこうしようという配慮みたいなこと、バランスをとるようなことは、考えない方がいいです。韓国は変わりません。それよりも、日本としてはこうだということを、はっきりと言い続けることです。言い続けながら関係していく中で、相手に選択させることだと思います。(中略)日本国としての本音を、一度ビシッと堂々と打ち出すことです。悪いこともあったけれどいいこともあったとか、そんな言い方ではなくて、世界史的な観点から我々の考えはこうだと、歯に衣を着せず、はっきり言えばいいんです。それで、いかに韓国が騒ごうとも、主張を一貫させて、新しい歴史認識の時代に突入するべきです。本当の国家関係はそこからしかはじまりません。そうなると、韓国ではどうなるか。そんな心配をするからいけないんです。まずは、自立した民族国家の意思表明を、真っ向から韓国にぶつけるべきなんです。政府がやるべきことはそれです。それで国家関係がまずくなったって、現実の日韓関係の大部分は、民間関係で成り立っているわけですから、なんの心配もいりません。何年かは民間の間もぎくしゃくするかもしれませんが、それで困るのは韓国であって、日本は多少は困ったとしても、大したことはない。そんな状況が生まれて何年か経てば、韓国に必ず変化が出てきます。自分達のやり方では未来がないと、とことん困れば韓国は変わります。それを待っていればいいんですよ、日本は。一番の問題は民族主義イデオロギーであり、韓国人は常に教育によってイデオロギーが注入され続けている点です。その考えの下、言ってくることに、配慮したりするのではなく、まるで通用しないということを徹底的に自覚させるべきなんです。(P278〜P281)

本書は竹島をはじめとして、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でのイチロー・バッシングや韓国の歴史教科書における日本に対する異常なほどの侮蔑的記述や、生け花、お茶、武士道などの伝統的文化を韓国起源だと強弁したり、漫画、アニメ、お菓子、その他の日本が創り出した商品をことごとく韓国オリジナルだと、偽る韓国メーカーと、その嘘を信じ込む韓国消費者の実態も例に用いて韓国の日本に対する異常な態度を紹介しています。韓流ブームとやらでテレビが扇る日韓友好ムードなどに惑わされず、韓国の実態を知らない、或いは知ろうとしない日本の無知からくる幻想を、もういい加減に断ち切る時ではないでしょうか。日本人が考える友好とは要するに自分がこれだけ相手のことを好きになろうとしているのだから、当然、相手もこちらの気持ちを理解してくれるだろうという愚かな片想いに過ぎないのです。[祥伝社]


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井沢 元彦
1954年、愛知県生まれ、早稲田大学法学部卒業後、TBS(東京放送)に入局。報道局放送記者時代放送記者時代の1980年、『猿丸幻視行』にて第26回江戸川乱歩賞を受賞。歴史推理作家として活躍する一方、歴史を原因と結果の因果関係から読み解く独自の史観に基づき、日本史と日本人の謎にダイナミックに迫る著作活動を展開、言論界に大きな反響を呼んでいる。著書に『言霊』『穢れと茶碗』『日本史集中講義』(いずれも祥伝社刊)、『逆説の日本史』(小学館刊)シリーズほか多数。

呉 善花
1956年韓国・済州島生まれ。1983年に来日、大東文化大学(英語学専攻)卒業。その後、東京外国後大学大学院修士課程(北米地域研究)修了。評論家。現在、拓殖大学国際開発学部教授。著書に、ミリオンセラーとなった『スカートの風』シリーズ(角川文庫)、『攘夷の韓国 開国の日本』(文春文庫、第5回山本七平賞)、『韓国併合への道』(文春新書)、『ワサビの日本人と唐辛子の韓国人』(祥伝社黄金文庫)、『「反日・親北」韓国の暴走』(小学館)などがある。


posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「やっかいな隣人韓国の正体」 井沢元彦・呉善花
Excerpt: 井沢元彦氏と呉善花(オ・ソンファ)氏による、インタビュー形式の形をとった1冊で
Weblog: Joint Staff Office
Tracked: 2007-06-26 21:55
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