2006年08月02日

名画謎解きミステリー 著者・夢プロジェクト

◎当ブログ管理人が奨める読みどころ

【《サン・ベルナール峠を越えるボナパルト》に隠された英雄の思いとは?】
ジャック・ルイ・ダビッドの描いた肖像画、《サン・ベルナール峠を越えるボナパルト》は、日本の歴史教科書にも載っているほど有名な作品だ。題材は1800年に敢行されたナポレオン・ボナパルトによる有名なアルプス越え。このときのナポレオンの姿を描いたのが、この肖像画である。アルプス越えの後の北イタリア、マレンゴでの大勝は、ナポレオン時代の幕開けといえる事件だ。この絵のナポレオンは、黒服に深紅のケープをまとい、さっそうとうした姿で、はやり立つ凛々しい馬にまたがっている。しかし、実際の山越えは悪路に強いロバが使われたという記録がある。しかもすぐ側で現地の人間がガイドとして手綱を取っていたから、格好いいとはいえない様子だったはずだ。そのためこの絵は、新時代のヒーローを実像以上に美化して描いた、情報操作のルーツと言われることも多い。ダビッドは絵を描くために、ナポレオンにポーズを要求したが、英雄は「肖像と本人が似ているかどうかは意味がない、ただ偉人の天才が肖像に息づいていればいい」といって拒否した。また、戦場で剣を手にしている姿を描こうと提案したダビッドに、「はやり立つ馬上での平静な姿を描いてほしい」といったともいう。しかたなくダビッドは、弟子にポーズをとらせて制作した。この作品には、同じ構図で別人を描いた数点のバージョンがある。一般には、スペインのカルロス四世がダビッドに依頼して描かれた作品が最初で、それを見て、ナポレオンが依頼したのが第二のバージョンといわれる。ダビッドのこの作品が持つ、絵画史での意義は大きい。例えば、前年に描かれた新古典主義的な『レカミエ夫人』と比べて、はやり立つ馬の躍動的なイメージはその後のロマン主義的な作風につながっていった。また、ダビッドの政治的な行動も、この作品を興味深いものにしている。ナポレオンより20歳以上も年長のダビッドは、40代前半にフランス革命に立ち会い、ジャコバン党員として革命の熱狂に身を任せていた。しかしロベスピエールの失脚と共に立場が危うくなり、一時は投獄の身となった。そのダビッドが復活したのはナポレオンの庇護があったからである。しかし、皇帝御用達としての栄光の裏側にはには、権力にへつらった裏切り者という揶揄が貼りついていた。それでもダビッドは、ナポレオンの肖像画を描き続けている。その後、ダビッドはナポレオンが失脚すると亡命を余儀なくされ、1825年にベルギーのブリュッセルで77年の生涯を終えた。(P29〜P31)

【ゴーギャンがタヒチの女性を描くようになったいきさつは?】
画家としては後期印象派に属するポール・ゴーギャンだが、よく知られているのは、独特の色使いで生命感溢れるタヒチ女性達を描いた作品だ。今でこそ、ゴーギャンらしさが溢れているとされるこれらの作品群も、当時のパリ画壇での評価は決して高くなかった。そのため、彼にとってタヒチは魂の救いの地となり、女性を描き続けてこの地で没している。パリで株式仲買人として暮らしながら日曜画家を楽しんでいたゴーギャンは、脱サラしてプロの画家の道を選んだ。このとき印象派展に出品し、ゴッホらと共同生活したところから、同グループにくくられることになった。しかし芸術に行き詰まりを感じた彼は、私生活も荒み、新天地を求めてタヒチへ渡るのである。当時のタヒチは、フランスの植民地。生活費は安くて済むし、フランスからの船に水夫として乗り組めば、旅費もかからないという計算がゴーギャンにはあったようだ。タヒチでの生活のためにフランス政府から「芸術特使」という肩書きも手に入れている。しかし、彼のイメージしていた、素朴な人々が命を謳歌して暮らす南海の楽園というタヒチは、植民地化によって失せつつあった。元々タヒチはフランスとイギリスとの植民地争いの末に勝ち得たものであり、現地には様々な思惑が渦巻いていた。現地のフランス人達も本国への劣等感と先住民族への優越感を綯い交ぜにしており、ゴーギャンの失望を誘った。そんな彼が出会うのが、マタイエアという村と、その村の少女テハアマナである。色彩豊かなこの熱帯の村で、ゴーギャンはようやく素朴な生命力と人間賛歌の暮らしぶりを得て、制作意欲をかき立てることができたのだった。主としてテハアマナをモデルとしたタヒチ女性を描くことで、彼は植民地化される以前のタヒチを絵の中で甦らせようとしたようだ。(P196、P197)(河出書房新社・夢文庫)



目次
【キャンパスに隠された驚くべき真実】
『《モナ・リザ》複数説を支える“失われた柱”の存在とは?』『ピカソの《ゲルニカ》が防弾ガラスに囲まれている物騒な事情って?』『ミレーの《晩鐘》で、農民はいったい何に祈りを捧げているのか?』『《十字架上のキリスト》を描いたのはラファエロではない』『まるで売れなかったゴッホの作品が、死後に暴騰した秘密とは?』他多数
【絵の中の小道具に画家が仕掛けたメッセージ】
『なぜ、ダ・ヴィンチは《最後の晩餐》のメイン料理を魚にしたのか?』『《最後の審判》のイエスのポーズに秘められた教えとは?』『どの画家が描く聖母マリアも、青いマントを着ている理由は?』『名画に隠された女神ヴィーナスを見つける方法とは?』他多数
【名画があばく男と女の危ない関係】
『なぜ、ゴヤは《裸のマハ》と《着衣のマハ》の二種類を描いたのか』『ムンクが《生命のダンス》のモデルに銃撃された泥沼の関係とは?』『恋人《ジャンヌの肖像》でわかるモディリアーニの画風は?』『男を虜にした《レカミエ夫人の肖像》に見るおしゃれとは?』『裸婦像に表れるルノワールの理想の女性像とは?』他多数
【傑作が巻き起こした一大スキャンダル】
『マネの《草上の昼食》がスキャンダルを巻き起こした理由とは』『《民衆を導く自由の女神》のわきが注目を集めたのはなぜ?』『ミレーの傑作《落穂拾い》が悪評フンプンだったわけは?』『モネの《印象・日の出》がさんざん失笑を買った理由とは?』『商業目的で制作して悪評を浴びた《ヴィーナス》とは?』他多数
【誰にも真似できない天才たちのテクニック】
『セザンヌの《大水浴図》にモデルがいなかった理由とは?』『ブリューゲルが《バベルの塔》を細部まで正確に描けた秘密とは?』『黒田清輝の『読書』が見せた素晴らしい技法の工夫とは?』『モネの大作《睡蓮》の正しい鑑賞方法とは?』『クリムトの《花嫁》でわかった、女性の奇妙な描き方とは?』他多数
【巨匠たちのミステリアスで波乱のドラマ】
『ダ・ヴィンチが《トビアスと三人の天使》のモデルになった理由とは?』『画家シーレと独裁者ヒトラーの意外な接点とは?』『レンブラントは、なぜ誰も注目しない《自画像》を描き続けたのか?』『ゴッホが《ひまわり》にこだわって何枚も描き続けた痛切な理由とは?』『北斎が転居を93回も繰り返した意外な理由とは?』他多数

夢プロジェクト
人生で出合う様々な挫折や苦難に負けず、乗り越える知恵と勇気を、あらゆる角度から追究しているグループ。夢や希望、そして心の潤いを失い、暗く荒みがちな現代人に、明日を生き抜く力を届けるべく、幅広い執筆活動を続けている。著書に『2時間でわかる日本の名著』『とにかく面白い傑作小説70冊』(河出書房新社)などがある。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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