2006年07月30日

新版 謎の拳法を求めて 著者・松田隆智

◎当ブログ管理人が奨める読みどころ

【日本における中国武術観】
中国の文化は武術に限らず、その起源伝説には虚構や虚説がつきまとい、中国人の著名な学者がまとめ上げた『中国体育史』や『体育史』にさえ荒唐無稽な伝説を、そのまま載せているものさえある。日本においても、これまで中国の武術を解説したり、あるいは批評がされている体育辞典、百科辞典、論文、武術関係書で、正しいことが書かれているものは、まったく見当たらない。時にはほんの一部分だけ、正しいことを言っている人もいるが、まったくデタラメを言っている人が実に多い。勿論、これは解説する人にだけ責任があるのではなく、それだけ中国の武術には信頼できる資料は少ない、ということである。とくに戦前までの中国では「真正武術家で本を出版した人はいない」と、言われているように、これまでに一千種以上の中国武術の関係書が出版されているが、九十パーセント以上は正しくないとされている。とくに中国の武術は、本来徹底した秘密主義がとられているため、基礎的な段階のものは発表しても、高度なものは口伝といって、文書で記さず口頭で直接伝えることになっていた。さらに昔の大陸は各省各地で、それぞれ自家の門派を固く守り、門派ごとに封鎖社会をつくり、表面的な交渉は稀にあっても、真の交流は全く行われなかった。またどこの国のいかなる門派でも、本物と偽物があるが、とくに大人口をもつ中国は、偽物の数は日本人の想像をはるかに上回るものがある。例えば日本で大学を卒業すれば学士だが、何十万の同期の人の中で博士号を取れる人が、ほんの僅かであるように、武術家と名がつけば本当のことが聞けたり、学ぶことができると思うのは、あまりにも浅薄すぎる。また最も下らんのが、中国拳法と日本武術の関係となると、馬鹿の一つ覚えのごとく“陳元斌”ただ一人を引き合いに出すことだ。それ以前にも以後にも中国の武術は輸入されているし、中国人は数えきれないほど来日したり、亡命している。また無理に資料をつなぎ合わすために、数百年の年月や地理を無視したり、いかに学者や専門家が、いい加減かということが、よくわかる。現在、台湾や香港において拳法家でありながら、自分が教えを受けた師の、苗字しか知らないと言う人もいるし、「私の家に伝わる拳法は、その昔ダルマ大師が台湾へ遊びにきて、私の祖先を気に入って、誰にも伝えたことのない、一番良い技を伝えていったものだ」と、堅く信じている人もいる。武術の本質はあくまでも、技術の習得にあり、歴史や理論あるいは種類を詮索することにはない。実際に護身術として武術の必要性を切実に感じる乱世においては、尚更であった。したがって武術に関するとくに歴史面の研究は、長い間に渡ってなおざりにされ、伝説は考証されることもなく受け継がれてきたのである。ところが世の中が平和になり、武術が伝統文化の一つとして確立されるようになると、あらためて歴史、理論、種類などの研究が始まり、とくに近代になってから続々と、古い資料が発見され、これまでの伝説や虚説が、打破されるようになった。つい先頃中国で亡くなった唐豪や徐哲東の両氏は、豊富な資料にもとにして、従来まで定説かのごと伝えられてきた「達磨大師と易筋経」「易筋経と少林拳」「張三ボウと太極拳」「少林寺と覚遠上人」「少林寺の木人像」などは、いずれも根拠のないただの伝説であることを証明した。また日本人として中国民族の中に溶け込んでみると、人間的に見ていかに日本人は底が浅く、結論を早く出したがる人種であるか、ということがわかる。例えば、一か二を見たり聞いたりした程度で、さも残りの九十九までわかったようなつもりになり、「ああだろう」「こうだろう」と推測だけで結論を出してしまう。日本の流派のように中国の流派は大同小異ではなく、百あればその百がすべて全く異なることもあるし、年代も人口も日本に比べて一桁も二桁も違うことを、研究せんと志す人は心すべきである。例えば同じ名前の流派でも、北派と南派、柔拳と剛拳、大架と小架、老架と新架、長拳と短打などがあり、とても一朝一夕では理解できるものではない。中国人というだけの理由で信用し、中国人の著作というだけで信用し、検証もしないで盲信し引用する人は、学者や専門家の中にも実に多い。例えば「中国には既に拳法は失われ、体操化した太極拳しか残っていない」とか「中国の拳法はやたらに飛んだり跳ねたりするものだ」あるいは「中国の武術は理論は立派だが、実際面での応用はできない」など、いずれも間違っている。現実に中国でも台湾でも、あるいは香港にも実に多くの門派が残っているし、中国でも台湾でも大きな大会には、毎年数百種類の武術が登場しているし、飛んだり跳ねたりする拳法もあれば、全く飛んだりしない拳法もあるし、型式だけ理論だけの武術家の方が多いが、中には恐るべき実力を持った武術家もいる。もしも武術家としての良識を持っているならば、現実を知って自己の誤りを知った時は、素直に訂正するべきでであると思うが、どうであろうか?(P124〜P128)

【中国の破門】
中国人の武術家が真正な伝承を受け継いでいる人ほど、簡単に弟子を採らないのは、本来の武術がいかに恐ろしい威力を持っているかということを、充分に知っているためである。したがって入門者は厳選されることになるが、例え厳選して入門を許可した者でも、若い時は素直で品行方正であった者が、成長するにおよんで、酒色の味を覚えたり、あるいは上達した腕前を鼻にかけて、道場内外で横柄な態度をとったり、あるいは粗暴な振る舞いに出ることもある。そのような場合、日本では「破門」となるが、中国では殆ど破門という処置はとられない。なぜならば、そのような素行の悪い弟子に限って、心もいじけているのだから、正面から破門を申しつけると少なからず逆恨みをして、陰で悪口を言ったりイヤガラセをしたりする。また昔などは、面子の問題から逆恨みをした末に、破門を命じた師の命を狙って、他所の道場で腕を磨いて仕返しにきたり、どうしてもかなわないと、毒殺や闇討ちまで行われたということさえあるという。したがって中国の武術家は、素行の悪い弟子が出ると「君はそれほど上達したのなら、もう道場へ来る必要はない。すぐにもどこかへ自分の道場を開くべきだ」と言って、態よく追い出してしまう。あるいは「良い先生を紹介してあげよう」と、他所の道場へ行かせてしまう。このような方式は、とても利己的であるが、とにかく恨まれることもなく、再び道場の中は平和に戻って、八方丸く治まることになる。またある程度他派の道場で修行を積んできた者が、入門を願ってきた場合、中国ではまず自分が今までに習得した技を、演武して見せるのが礼儀になっていて、入門を許可する場合は問題はないが、入門を断る場合には、演武が終わると「貴方の技術はとても素晴らしい!貴方のような優れた技術を持っていられる方に、教えられるような身分ではありません」といって態よく追い返してしまう。また中国では礼儀上、例え入門志願者でなくとも、他派の者が演武した時は、下手でも馬鹿々々しくとも、一同で大拍手をして「大変に素晴らしい」というのが常識となっている。したがって自分は本当に誉められたのかどうか、全く判断できず、馬鹿にされているとも知らずに、有頂天になって帰っていく者もいる。以上のようなやり方は、自己の道場を守る反面、不完全な伝承を世間に散在させることになり、さらにそこからまた他所に分かれ、数十年数百年を過ぎる間に、不真正な武術家はネズミ算式に増えていき、今では溢れるばかりに多い。台湾や香港あるいは東南アジア各地の町道場や、アメリカ各地のチャイナ・タウンからハワイなどで“カンフー(功夫)”の看板を掲げている中国人の武術家は、華僑の人達が殆どで、福建省かまたは広東省の人であり、殆ど南派拳術の人ばかりで、商業を専門にしていて、本格的に拳法を研究した人は極めて少ない。また特技とか雑技という、体を棒で打たせたり、額で釘を打ったり、短剣を呑み込んだりするものは、昔の大道芸人の名残であって、正統な武術には入らない。中国では例えインチキな武術家が道場を開いても、決して非難したり、潰そうとはしない。そんなことをすれば逆恨みをされるし、「それでは本物の技はどれだ!」と聞かれたら、行きがかり上見せなければならなくなる。このような態度は全く利己的で、自己中心的であるが、しかしこのような方針によって細々ながらも真正な技術は、今だに伝えられているのである。ちょうどインチキの底辺の上に立つ、ピラミッドの頂点のように。(P128〜P131)

尚、本書の初版は昭和50年に発行されました。(東京新聞出版局)



目次
【評論篇】
『道は理想でなく今必要なもの』『武道修行は精神修養になるか』『三年かかって良師を探せ』『西洋武術と東洋武術』『理論武術と実戦武術』他
【空手篇】
『空手源流考』『ブルース・リーの虚像と実像』『試合は武術を骨抜きにする』他
【古武道篇】
『必殺剣法・示現流』『柳生心眼流』『神秘の大東流合気柔術』他
【中国拳法篇】
『謎の拳法を求めて』『太極拳について』『超能力と武術』『中国の忍術』『自分の歩いた中国拳法の門派』『質実剛健の形意拳』『一撃必殺の八極拳』『日本武術と中国武術の交流』『毒手・毒薬・かくし武器』『秘伝とは何か』他

松田 隆智
真言宗に僧籍を置き、空手・ボクシング・古武道から、中国武術を深く研究する。著書『中国武術』(新人物往来社)『太極拳入門』『少林拳入門』(以上、産報)『丈夫な体を作る東洋の秘法』『タフな体をつくる中国の秘術』(以上、佼成出版)
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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