2011年04月11日

剣の乙女 戦場を駆け抜けた女戦士 著者/稲葉義明とF.E.A.R.

鉄と血で彩られる男たちの世界“戦場“で、異彩を放った華がある。“女戦士“という華が。ある者は故郷を侵す外敵に対する義憤に燃えて、ある者は平凡でささやかな幸せよりも、血湧き肉躍る冒険を求めて、ある者は君主の家系に生まれた者の運命として、またある者は類い稀なる権力欲で栄耀栄華を極めようとして、そしてある者は……。女性の身でありながら、捨て身の勇気を奮い、自ら剣や銃を手にして、猛り荒ぶる男たちに敢然と立ち向かい、あるいは君主の座による権威と政治力を用いて、外敵はもちろん、国内の政敵や反乱者とも戦いながら、国を守り、繁栄させようとした女王や女性領主たち。戦乱と陰謀、愛と裏切りの連続で荒狂う歴史の激濤のなかで、勝ち抜き、あるいは悲しく散っていった戦うヒロインたちの物語を綴った一冊です。

内容抜粋

【スターリングラードの白薔薇:リディヤ・リトヴァイク】

地域:ロシア(東部戦線)/時代:第二次世界大戦中/生没年:1921〜1943年

『バルバロッサ作戦とソ連空軍最悪の日』

1941年6月22日は、ソヴィエト(現ロシア)国民にとって悪夢の日となった。バルバロッサ作戦。ナチスドイツが独ソ不可侵条約を破棄し、ソ連侵攻作戦を開始したのだ。ドイツ軍300万は最新鋭の戦車と航空機、そして同盟軍の援助を得て、怒濤のように国境線を越えた。対独戦の準備に全く欠けていたソ連軍は初撃で甚大な被害を受け、敗退に敗退を重ねた。ドイツ軍が第一撃目として狙ったのは、ソ連空軍が所有する全作戦機の75%を配備していた独ソ国境地帯の前線飛行場、約60ヵ所への奇襲だった。突然の空襲を受けた前線飛行場では、ソ連空軍機が緊急離陸することすらできないまま、地上で残骸へと変えられた。ソ連空軍は開戦から一週間の間に4000機以上を失った。それは壊滅的な痛手だった。なんとか飛び立って迎撃を試みた者もいたが、旧式の機体、練度不足のため、大半がドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)に鴨撃ちの的を提供するだけに終わるという悲惨な有り様だった。こうしてほぼ完全に制空権を握ったドイツ軍は、機械化部隊による破竹の進軍に移った。(中略)このように深刻な危機に追い込まれた祖国を前にして、ソ連の民間人からは多くの志願兵、義勇兵が出た。第二次大戦中のソ連軍の特異な点は、いくつかの分野で、少なからぬ人数の女性を前線で戦う兵士として登用したところにあった。その中には、著名な女性飛行家、マリナ・ラスコヴァの呼びかけで編成された、男性同様の戦闘任務をこなす女性飛行連隊も含まれている。(P46・P47)


『女子飛行連隊の成立と経緯』

モスクワ放送を通じて行われたマリナ・ラスコヴァの呼びかけには、飛行訓練を受けた女性という制限があったにもかかわらず、若い女性であるという理由でこれまで志願を受け入れられなかった全土の女性たちが応えた。願書が殺到し、面接の候補者だけで2000名に及んだという。条件を満たす女性がこれほどまでにいた背景には、各地の飛行クラブ(オソアヴィアヒム)の存在があった。これは労働者が休日に飛行ライセンス取得に向けた訓練を受けられる民営団体だったが、一面では有事に徴用できる軍用機搭乗員の予備軍を育成する役目をも担っており、成立から軍の支援を受けていた。第二次世界大戦勃発までに、クラブで飛行免許を得た男女は12万人以上にのぼっていた。志願者の大半はここの出身者か指導員だったのだ。マリナ・ラスコヴァは三個飛行連隊を作るために約1200人の女性を採用した。その中に、リディヤ・リトヴァイクという小柄で可愛らしい、まだ21歳の娘がいた(尤も他の隊員も、おしなべて若い娘だったが)。(P47)


『大空を愛した少女』

リディヤ(愛称はリリー)・リトヴァイクは1921年に、鉄道労働者の父、店員の母から誕生した。父は1937年に「人民の敵」として処刑されている。生前、リディヤはソ連の英雄としてはふさわしからぬこの秘密を隠し通した。もし表沙汰になれば、公的な活動から一切締め出される危険があったからだ。子供の頃から大空に憧れていた彼女は、15歳のときにモスクワの飛行クラブへの参加を願い出たが、受け入れられなかった。17歳にならないと参加できないという規定だったので、これは仕方がない。普通ならば諦めて2年待つところだろうが、リディヤは違った。クラブに通いつめ、自分の航空知識をアピールしたのだ。その甲斐あって、リディヤは16歳での特例参加を認められたのである。すると彼女は天稟を発揮してたちまち飛行技術を吸収し、飛行員との同乗飛行四時間を終えた後、若干16歳の身で単独飛行を許された。(中略)彼女が花を好んだのは有名な話で、乗機の計器盤や帽子をしばしば野の花で飾り、機体の側面に白い百合(これが薔薇の花と見間違えられ、「スターリングラードの白薔薇」の異名を取ることになる)のパーソナル・エンブレムを描いていた。だがこれらのエピソードは後の話である。マリア・ラスコヴァの募集がかかると、飛行指導員として働いていたリディヤは早速志願した。彼女は当然ながら採用され、新設の女子連隊の一員として迎えられた。(P47・P48)


『転属に次ぐ転属と初撃墜』

第586女子戦闘機連隊(山口注:リディヤが最初に配属された部隊)の最初の実戦は、サラトフという町の防空任務だった。続いて秋にはヴェロネジに進出し、ここでも要衝の上空を守る哨戒(敵の攻撃が危惧される地域を定期的にパトロールすること)任務についた。敵爆撃機が都市や戦略拠点に到達する以前に阻止するのが、女子戦闘機連隊の役目だった。リディヤもここで初出撃を果たしている。重要だが、第一線とは言い難い任務内容だった。そこで連隊中でも特に優れた技量を持つ者に、通常の連隊に補充兵として赴任し、男性に混じって戦うように命令が来たのだ。リディヤ、そして彼女の親友であるカティヤ・ブタノヴァにも転属指令は来た。まずリディヤは第268戦闘飛行師団に配属され、次に第437戦闘機連隊へと異動になった。後者の連隊には新鋭のラボォーチキンLa5戦闘機が配備されており、リディヤはこの機体を駆って生涯初の敵機撃墜を果たしている。1943年9月13日、転属して僅か2日後に、メッサーシュミットBf109、ユンカースJu88の2機撃墜を記録したのだ。(中略)こうしてめまぐるしい異動を経験した後、彼女とカティヤ・ブタノヴァは終の住み処となった第296戦闘機連隊(後に親衛第73戦闘機連隊)とめぐりあった。当時連隊はスターリングラード上空を戦場に、連日ドイツ空軍と死闘を繰り広げていた。眼下の市街では血で血を洗う市街戦が行われ、ソ連軍反撃の狼煙となるスターリングラード戦がまさにたけなわという重要な戦局だった。リディヤは少尉になっていた。(P50)


『アレクセイ・サロマーテンとの出会い』

第296戦闘機連隊司令のニコライ・バラノフ中佐も、当初は配属されたリディヤ少尉を戦闘機乗りとして認めず、ぞんざいに扱った。すぐに転属させるつもりだったらしい。(中略)バラノフは、女子搭乗員に十分な技量があるとも、彼女たちと他のパイロットとの間に信頼関係が築かれるとも考えていなかった。スターリングラード上空は当時最も激烈な航空戦の舞台だった。激戦地であたら若い娘を無駄に散らせることはない、もっと危険の少ない任務はいくらでもある、そうバラノフが考えたとしても無理はない。しかしバラノフの部下で、個人的な親友でもあった熟練パイロット、アレクセイ・サロマーテン大尉は違う考えだった。彼は初対面からリディヤに好印象を抱いていたのだ。実戦で腕前をテストしてくれと直談判に乗り込んできたリディヤに味方し、サロマーテンはバラノフを説得して、自分の列機として飛ばせることを約束させた。翌日の飛行で、リディヤはサロマーテン機の後方に張り付いたまま離れない、見事な操縦技術を披露した。誰もがこれには驚いた。美男子の大尉に既に多数の撃墜記録を有する連隊指折りのパイロットで、彼の操縦についていける者は隊内にもいなかったからだ。(中略)サロマーテンの口添えで、バラノフ中佐は考えを改めた。リディヤとバラノフの列機として出撃したカティヤは連隊残留を許された。(中略)そして翌日もサロマーテンの列機として飛んだリディヤは、共同でハインケルHe111爆撃機を撃墜した。二人は良いコンビで、数日でお互いに戦友を越えた好意を抱くようになっていた。リディヤとサロマーテンは、敵機撃墜を飛行場上空での派手な曲芸飛行で祝った。(P50・P51)


『スターリングラードの白薔薇』

スターリングラード上空への連日の出撃で繋がりを深めていったリディヤとサロマーテンは、半ば公然たる恋人関係になった。風紀を乱しかねない関係だったが、大尉の個人的な友人であるバラノフ中佐は、行き過ぎない限り大目に見てくれた。軍隊としては随分とおおらかな話だが、リディヤは恋愛によって戦意を鈍らせるどころか、サロマーテンを狙う敵機に普段は秘めている攻撃的な気質を剥き出しにして戦いを挑んだというから、戦力としてはむしろプラスに働いていたのかもしれない。互いを気遣う両機は、巧みな連携を駆使して次々と撃墜数を稼いでいった。リディヤが1943年2月17日に最初の勲章である赤旗勲章(戦闘で著しい勇敢さを示した軍人に贈られた)を受け、中尉に昇進すると、軍の報道が彼女に注目した。21歳の美少女で、激戦地スターリングラード上空を飛ぶ凄腕の戦闘機パイロットとくれば、戦意高揚のネタとしてこれ以上のものはない。彼女は自分が過大に報道されるのを嫌ってインタビューをできるだけ避けたというが、それでも彼女の名はソビエト中に知れわたり、乗機の風防の下側面に描かれた白薔薇(本当は白百合)にちなんで「スターリングラードの白薔薇」の異名で有名になった。この宣伝の結果、リディヤ・リトヴァクはドイツ軍にも知られ、彼女の乗機が来ると警戒されるようになったという。ほどなくさらに上級中尉へと昇進したリディヤは、スターリングラードでのソ連軍勝利に伴う第286戦闘機連隊の移動に従って、ドンバス地方へと転戦した。だか3月22日に、9機目の個人撃墜であるJu88爆撃機と交戦中に、敵機銃座から(一説には護衛のBf109)から銃撃を受けて脚を負傷し、事実上の相撃ちとなって不時着を余儀なくされた。彼女は上空を心配そうに飛ぶサロマーテン機に大丈夫だと手を振って見せたが、実は後方で治療に専念せねばならないほど負傷は深かったのである。(P51・P52)


『負傷と恋人の死』

負傷治療の許可を得て故郷モスクワの母の下へ帰郷したリディヤは、やはり以前とは様子が違っていたという。かつての天真爛漫な無邪気さは陰を潜め、変わって真剣で緊張した表情を浮かべることが多くなっていた。母親は内心で娘の変化を悲しんでいたが、戦場に、戦友の所に戻りたがっているリディヤを止められなかった。リディヤは僅か2週間で休暇を切り上げ、入院も含めて3週間で連隊に合流した。だが彼女が留守にした短い期間に、大きな変化が起こっていた。第296戦闘機連隊はロストフ付近の飛行場に異動となり、名誉ある親衛部隊の称号を授与されて「親衛第73飛行連隊」となり、そして彼女とカティヤの理解者になってくれたバラノフ中佐が撃墜され、戦死していたのである。連隊は悲しみに沈んだが、感傷に浸っている暇は無かった。スターリングラードの大反攻作戦は成功したものの、大局的にはまだ一進一退の状勢だったのだ。いつ果てるともない戦いを、連隊は続けねばならなかった。その最中、さらなる別離がリディヤを襲った。次の死神の手によって奪われたのは、彼女が休暇中に書いた手紙の中で愛を告白したアレクセイ・サロマーテンだった。その事件は5月に起こった。飛行場上空で、サロマーテンと新入りのパイロットとが模擬格闘戦訓練を行っていた。リディヤが皆とともに見上げて見物する中、歴戦のエースであるサロマーテンは巴戦中にギリギリの低速旋回を駆使して新入りパイロットを破った。悲劇はその直後に起こった。サロマーテンは限界を越えて速度を落としてしまったのだ。機体は錐揉状態に陥ったまま、態勢を立て直す余裕もなくまともに墜落した。最高の僚機であり、戦闘技術の師でもあった恋人は、リディヤの目前で大地に激突死したのである。(P53・P54)


『白薔薇は散った』

戦時中でなくとも、若い娘が恋人を目前で亡くせば、深刻なショックを受ける。リディヤがサロマーテンの死を振り払おうと、戦闘に没頭するようになったのを責めるのは酷だろう。リディヤは彼女とサロマーテンが共に乗機の翼に腰掛けている写真を大事にポケットに入れていたという。リディヤが10機目の敵機を撃墜し、晴れてエース(この時期のソ連空軍では10機撃墜でエース認定された)になったのもこの時期のことである。10機目はドイツ空軍のエースで、機体に数発の弾丸を喰らった死闘の末に、彼女は強敵のメッサーシュミットを火だるまにした。敵パイロットは機体を捨てて落下傘降下し、捕虜として連隊司令部に連行されてきた。多くの勲章を胸からぶら下げた壮年のドイツ軍パイロットは、意地悪な者に「自分を撃墜したパイロットに会いたいとは思わないか」と問われ、「ぜひ会いたい。彼は連隊トップの男だろう」と自信たっぷりに答えた。 呼ばれてきたリディヤが自分を撃墜した「強敵」だと教えられても、ドイツ軍パイロットは信じず、冗談はやめてくれ、私は自分を撃墜した男に会いたい、と言い張った。それがリディヤの逆鱗に触れた。彼女は男の前に胸を張って立ち(といっても小柄なので、頭が相手の胸にも届かなかったそうだが)、格闘戦の経緯を克明に語って聞かせた。当事者でなければ絶対に知り得ない内容だった。通訳して話を聞いた相手にもそれは伝わったのか、どんどん態度が萎縮して、最後はリディヤを戦った相手と認め、きちんと敬意を払うようになったという。身近な人々によればリディヤは地上では娘らしからぬ攻撃的な気性を隠していたが、この事件が唯一の例外だったそうだ。撃墜されるという不運は、何もこのドイツ軍パイロットに限った話ではなかった。この一件の直後、リディヤも二度にわたって続けざまに撃墜された。二度ともドイツ軍戦線の後方に不時着したが、一度目は徒歩で、二度目は味方のパイロットに救助されて、無事に基地まで帰還している。しかしリディヤの昔からの親友で同僚、相談相手、そしてやはりエースだったカティヤ・ブダノヴァはそう幸運ではなかった。カティヤは10機目、11機目を単独で撃墜した7月18日に、フォッケウルフFw190に撃墜され、不時着に失敗して戦死したのである。親しい人々を次々と失ったリディヤは、深い孤独に沈んでいたようだ。そして彼女にも刻々と最期の時が迫っていた。1943年8月1日、朝の出撃の前に、リディヤはモスクワの母に宛てた手紙を友人に代筆してもらっている。「戦いが長く続く生活の中に、私は完全に飲み込まれています。戦闘のこと以外は何も考えられないように感じます。便りを書く時間もなかなか無く、今やっと書くことができました。お察しの通り私は元気に過ごしています。ちょっと手に負傷したので、友達に代筆してもらったところです。何よりも、私は祖国と大好きなお母さん、あなたを愛しています。私たちが昔のように楽しく一緒に暮らすことができるように、頑張って戦い、ドイツ人どもを祖国から叩き出します。お母さん、あなたに逢いたい気持ちでいっぱいです。心からキスを送ります(ブルース・マイルズ著/手島尚訳『出撃! 魔女飛行隊』)」この日の最後の出撃で、リディヤと列機は敵爆撃機の捜索任務中に敵のメッサーシュミットの編隊と遭遇し、空中戦となった。激しい空戦の最中、列機のパイロットが、8機のメッサーシュミットに同時に狙われ火を吹いている長機のYak1を見たのを最後に、彼女の消息は途絶えた。敵は白薔薇の目立つリディヤ機に狙いを定めて、執拗に追い縋っているように見えた、と列機のパイロットは語っている。 撃墜されたはずのリディヤの行方は、長い間不明だった。捜索にもかかわらず乗機の残骸も死体も見つからなかった。一年足らずの間に168回の任務をこなし、個人撃墜12、共同撃墜を数え、22歳の若さで散ったスターリングラードの白薔薇は、行方不明のため最高の栄誉である金星記章を受けられなかった。捕虜となったのではないか、という疑いがかけられたのだ。だが関係者は諦めずに捜索を続け、1979年になってからついに身元不明の戦死者として埋葬されていた彼女の遺体を発見した。彼女は慣例に従って乗機の翼下に埋葬されていたのだが、残骸が撤去されてしまっていたので、なかなか発見されなかったのだ。科学的な検査の結果、小柄な女性の亡骸がリディヤのものであるのが確認され、1990年にゴルバチョフ大統領からGSS金星記章が追贈されている。リディヤは誰よりも空を愛していた以外は、年齢相応の普通の娘だった。ただ時代が彼女に与えてくれたのは、爆音と殺意が交錯する空だったのである。最後の出撃の朝も、彼女は野の花を摘み、自機の計器盤を飾っていたという。戦争の最中にあっても娘であり続けた女性エースは、愛してやまなかった花の運命をなぞり、短く咲いて、美しく散った。スターリングラードの白薔薇、その異名どおりに。(P54・P55)


本書が紹介する女戦士・女傑はこの他に、英仏百年戦争でフランスを救い、救国の乙女としてあまりにも有名なジャンヌ・ダルク。リディヤ・リトヴァクの活躍に130年ほど先立つ、19世紀初頭のロシアで、ナポレオンが率いるフランスの大陸軍を相手に戦った女騎兵のナージェンダ・アンドレーエヴナ・ドゥーロワ。スペインのアルマダ(無敵艦隊)を撃滅し、後に「日没する事なき帝国」となる大英帝国の礎を築いた女王であるエリザベス1世。我が国からは、木曾義仲に付き従いて戦場を駆け抜け、『平家物語』や『源平盛衰記』で語り継がれ、我が国における女戦士の代名詞ともいうべき巴御前や、戦国時代に北条家の重臣成田氏長の娘に生まれ、豊臣秀吉の小田原攻めで、石田三成らの2万3千の軍勢を相手に獅子奮迅の抗戦をしてみせた甲斐姫。徳川時代末期に会津藩子の家に生まれ、砲術師範の兄から西洋式の銃や砲術の指導を受け、戊辰戦争では、自ら銃を射ち、大砲隊を指揮して、新政府軍に抗戦した山本八重子。そして、実在な人物以外にも、北欧神話のヴァルキューレやギリシャ神話から、ギリシャの勇者アキレウスと戦ったアマゾンの戦士ペンテシレイアなど、様々な魅力的な女戦士・女傑(女神も含む)が紹介されています。本当はもう一人くらい紹介したかったのですが、どのキャラクターの物語も魅力的なため、なかなか文章を省略し難く、二人目も紹介したら長くなりすぎてしまうため、リディヤ・リトヴァクだけにとどめました。その他の女戦士たちに興味を持たれた方はぜひ、本書をご購読いたしてください。〔新紀元社〕


稲葉義明とF.E.A.R.

昭和45(1970)年生まれ。神奈川県出身。文筆家。執筆活動のため明治学院大学を中退。執筆、翻訳に従事する。著書に『蘇る秘宝』(新紀元社)、『信長の野望・新軍師録』『信長の野望・新名将録』『信長の野望・下克上伝』(光栄)など、訳書にオスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ『百年戦争のフランス軍』『モンゴル軍』『ルイ14世の軍隊』(新紀元社)他多数がある。共著者:佐藤俊之/青木行裕
posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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