2011年03月26日

セーラが町にやってきた 著者/清野 由美

昨日の続き

スミソニアン博物館群のひとつ、「フリーア美術館」は東洋美術の収集でその名が知られている。

展示室のひとつには、19世紀末のジャポニズム趣味で装飾が施された「ピーコックルーム」もある。

それまで海外では北斎の情報は主に古書店で聞きまわっていたが、そこで彼女は「学芸員に教えを乞う」という有効な手段を発見した。

その時までセーラは、学芸員に突然電話して「教えてください」などと依頼するのは失礼ではないかと、それこそ日本人のように遠慮していたのだ。

今、振り返ると、まるでセーラらしからぬ笑い話である。

実際にコンタクトを取ってみると、先方は予想以上に親切な反応を返してくれた。

スミソニアンの図書室には北斎に関する文献が500冊以上も収蔵されていた。

これは日本で文献収集に苦労していたセーラを熱狂させた。

図書室に一日中陣取り、コピーを取りまくった。資料、文献の質もさることながら、セーラを驚かせたのは、それらがコンピュータ・ネットで世界の研究機関と繋がっていることであった。

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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