2011年03月23日

セーラが町にやってきた 著者/清野 由美

昨日の続き

内容抜粋

『葛飾北斎を、町起こしのシンボルに』

小布施堂の敷地の一角に残る古い米蔵。ここに机と椅子を運びいれ、にわか拵えで改造した場所が、セーラのオフィスとなった。

新しい会社で戸惑うことは多かったが、独自のアイディアとエネルギッシュな行動力、自分の考え、意見を怯むことなく主張するセーラの姿勢は、最初から十分過ぎるほどに発揮された。

たとえば市村(山口注:小布施堂の社長)に教えられた雑巾がけについては、作法はともかく「全員が決められた時間に一斉に掃除するのはナンセンス」と、早速に独自の意見を開陳した。

その理由はこうだ。

「一人でできる作業を、大の大人が五、六人も集まって義務感で行うのは時間の無駄というものです。私に言わせると、それは企業内コミュニケーションというよりは、仲良しごっこに過ぎず、効率の面でも得るところは少ないです。社員が一人でできることは、当人の自由に委せれば良いではないですか。ひとつの単純作業をみんなが仲良くやるのではなく、一人の社員が三人分の仕事ができるように社内の仕組みを変えなければ、会社に本当の国際競争力はつきません」そう言われた市村は、内心「あ、痛いトコ突いてくるな」と思った。

が、組織の長である彼にも言い分はあった。

「日本人と日本の会社には、そのメンタリティに馴染んだやり方がある。それを、非効率、瑣末的といっていきなり切り捨てると、余計な摩擦を引き起こすことになる。会社には従来のやり方を尊重していく場面も必要なのだ」最初のうちは市村がそのように話すと、セーラも比較的おとなしく引き下がった。

それでも彼女がポツンと洩らす「それって社会主義みたいですね」といった感想は、市村をはじめ社内に少しずつ影響を与えていった。(後半略:P36・P37)

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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