2011年03月19日

セーラが町にやってきた 著者/清野 由美

1993年の春、アメリカから1人のじゃじゃ馬娘が長野県にやってきた。

彼女の名は、セーラ・マリ・カミングス(Sarah.Marie.Cummimgs)。

アメリカ東部のペンシルベニア州生まれのじゃじゃ馬娘は、大学で国際ビジネス専攻中、東洋の歴史文化に興味を持ち、交換留学生として、91年、大阪に初来日。

そしてその留学体験から、日米の架け橋となる夢を抱いたセーラは、その第一歩として、98年開催の長野冬季五輪でボランティアスタッフとして貢献するべく、長野県への居住と就職を試みた。

しかし夢への第一歩は、困惑と落胆の連続だった。

生計のため就職した会社では、年功序列と「和を以て貴しとなす」の日本型システムに困惑し、長野冬季五輪ボランティアスタッフの仕事には、その日本型システムに加えて、組織委員会のお役所体質が彼女の意欲と行動を縛った。

困惑と落胆の連続に意気消沈のセーラを見かねた勤務先の社長が、彼女に語りかけた。

「小布施堂の社長に会ってごらん。あそこならおもしろいことをやっているから」。

その言葉はセーラを苦悩の迷宮から、明るい未来へ導き出すものとなった。

訪ねた小布施で、セーラは半生を変える出逢いがあった。

それは「古き良き日本」。

当の日本人自身が気づいていない、または忘れてしまっている「古き良き日本」に魅了されて、そこからセーラは信州北部の田舎町で、古き良き日本の「ルネッサンス」を巻き起こす台風となった。

右手に「葛飾北斎」、左手に「日本酒」を掲げ、町おこしと、日本の伝統文化ルネッサンスに奮闘する金髪台風娘を密着取材した一冊です。

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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