2006年06月12日

世界の傑作品 著者・ワールドフォトプレス

◎当ブログ管理人が奨める読みどころ

【フェンダー FENDER(U・S・A)】
ロック・ファンだったら、誰もが「いつかはフェンダーのエレキを」と思ったことだろう。しかし高価なギターはとても中高生の手の届く品ではなく、それが一層憧れの気持ちをかきたてるのである。ジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトン、リッチー・ブラックモア、歴代のスーパー・ギタリストの肩にはいつもフェンダーのストラトキャスターがかかっていて、我々は夢を抱きつつ彼らの演奏に酔いしれたものだ。フェンダーの誕生は1930年代に遡る。ロサンゼルスの郊外、スクールバンドでサックスを演奏していたレオ・フェンダーは、ラジオなどの電気製品のリペアショップを経営していた。しかし一介の修理屋に留まることなく、アイデアマンとしての才能を生かし、本業の片手間にアンプやPAの製作、マグネティック・ピックアップの開発もしていた。いつの間にか片手間の趣味が本業となった彼は、1940年代初期にレゾネータ(胴)に厚みのないピックアップ付きのギターを生み出すことになる。これがフェンダー・ギターの原型にあたるものだ。同時に彼は友人とスティール・ギターとアンプの製造メーカーK&K社を設立。さらに1946年には個人でフェンダー電気楽器会社を創立することになる。その後、フェンダーの生み出すギターは画期的な物ばかりだった。1947年、ソリッドボディのブロードキャスター、さらに世界的ブームとなったエレキベース。そして、ギブソンがレスポールを発表した2年後の1954年には満を持してストラトキャスターを世に送り出すことになる。このモデルこそが、その後30年以上にわたってポピュラー・ミュージック・シーンを支えてきたエレキ・ギターの傑作品である。(P36)

【ボーズ BOSE(U・S・A)】
製品というものは、既成の物の順列組み合わせから生まれる場合が多いが、時として、そうした枠か外れた部分でポーンと別の数値をはじきだした結果が製品となることもある。世間ではそれを発明と呼ぶが、ボーズのスピーカーはまさしくそんな発明品のひとつである。ボーズの生い立ちは、ヨーロッパの伝統的な音響メーカーとは違って、大学の研究室が発祥の地となっている。これまでの音響工学一辺倒の思想と古臭い経験主義に疑問を感じたエイマー・ボーズというマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授が NASAの頭脳と言われる MITのスタッフと設備を駆使し、真のステレオ再生を目指したのがボーズの源なのである。そしてボーズがオーディオ界に与えたショックは大きかった。中でも特筆すべきはバイフェイシャル(Bifacial)思想で、従来のスピーカーは部屋の大小によって音響特性が変わったりして、目的によってスピーカーを選ぶ必要があったが、ボーズはその相反する二面性に挑み、一組であらゆるニーズにベストマッチするスピーカーを完成させたのである。具体的に言うならば、エンクロージャーの表裏に正面がある構造がそれだ。間接音を重視し、スケール感を再現するダイレクトリフレクティング方式。広い空間を生かし、音響パワーを部屋全体に放射するサルーンスペクトラム方式。どんな条件の部屋でも最適な再生を約束してくれるのだ。ボーズは現代科学の生んだユニークで代表的なマスターピースといえそうだ。(P50)

【コサード CAUSSADE(FRANCE)】
アルマニャックは、とりわけ高貴とされるブランディーの一種。フランス・ガスコーニュ地方の、特に最高の葡萄を産出する地域、パ・アルマニャック地区で生まれた、コニャックと並び称される銘酒である。マルキ・ド・コサードとは“コサード侯爵”の意で、アルマニャック地区に1242年から続いた名門貴族の家名。同家は第二次大戦中までアルマニャックを生産し、1934年には瓶詰めにしたアルマニャックを初めてアメリカに輸出するなど、常に一線を歩んできたメーカーだ。そして大戦末期にコサード侯爵が殺害されるという不幸な事件で一家は断絶したものの、1963年にはエオーズ町に本拠を置く協同組合連合会UCCGがこの由緒あるブランドを復活させ、フランスの酒好きを喜ばせることになる。さらに1981年には大企業 CCG社に買収され、現在ではアルマニャック地方のブランディーの約60パーセントといわれる膨大な原酒の保有量を誇る醸造所としてナンバーワンの地位を確保している。かつてアルマニャックは「コニャックの貧しい従兄弟」と陰口を叩かれていたが、この有り難くない形容を一掃し、世界的評価を高めたのもマルキ・ド・コサードの功績であると言えよう。コサードは、その膨大な保有量の中から厳選した長期熟成モルトを小さな樽に移し、円熟させ。コニャックに負けないコクと風合いを実現させたのである。コサードのクリアなグリーンボトルには、紫紺の蝶が焼き付けられている。この蝶はブラジル産の一種であり、蝶でありながら3000フィートの高さまで飛翔する珍しい品種だという。この優雅なイラストレーションは、まさにコサードの象徴にふさわしい。(P96)

【ハーレー・ダビッドソン HARLEY-DAVIDSON(U・S・A)】
日本のような狭い国にいてハーレー・ダビッドソンを正しく評価することはできない。シングルGPに熱くなったり、車と車の間を縫うように走ったり、一馬力の差に一喜一憂したり、そんな未成熟な交通社会で生きている人々に、ハーレーの価値など理解できるわけはないのだ。なにせアメリカ人にとってオートバイは時間を稼ぐための交通手段ではないのだから。風とサウンドを楽しむためのトランスポーティーションだ。広大な大陸を「ドッドッ」と進むために作られた道具なのである。従って日本製オートバイに見られるような派手なパワーもなく、新しもの好きを喜ばせるメカニズムがなくても、ハーレーはハーレーであり、その地位は少しもゆらぎはしない。ハーレー・ダビッドソンは、その名が示す通りハーレー氏とダビッドソン氏の二人が創立した現存するアメリカ唯一のオートバイメーカーである。市販車第一号を1903年に完成し、1907年に早くも V型ツインエンジンを世に送り出すことになる。そしてそれ以来、ハーレーはVツインというポリシーを80年間に渡って守り通し、日本製バイクが四気筒、DOHCと最新テクノロジーによる物量作戦をかけようとも、一向に自身の流儀を変えようとしない。中には「ハーレーは1930年代から少しも進歩していない」という口の悪いファンもいるが、それはハーレーが選んだ当然の道であり衆人のとやかくいうところではないのだ。ハーレーが頑として譲らない Vツインは、言い方を換えれば、モーターサイクルが持つべき基本的感性、モーターサイクルが失ってはならない鼓動ともいう見方もできるだろう。(P102) (光文社文庫)



ワールドフォトプレス編
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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