2006年06月09日

なんてこったい!? 著者・松井菜桜子

◎当ブログ管理人が奨める読みどころ

【変な仕事】
声優の仕事というと、アニメや洋画の吹き替えだけだと思っている方が多いだろうが、それは意外と多岐にわたっていて、テレビやラジオのCMや番組ナレーション、CD・ラジオドラマ、アニメ等の主題歌や挿入歌のレコーディング、サイン会、アニメ誌の取材を受けたり、イベントのゲストや司会、社員教育ビデオに出演したり(顔出しと呼ばれる)することもある。つくづく、なんでも屋だなあと思ってしまう。まっ、色々あるから面白い、とも言えるのだが。友人の声優は、街中でみかんを一個ずつ無料で配る仕事をやらされたとき、「何が嫌って、タスキに『みかん娘』って大きく書いてあったのが恥ずかしかった」と言っていた。風変わりな仕事というのは、プロダクションに入り立ての新人のときにやらされることが多い。私の場合もそうだった。仕事の内容がよくわからないことに多少の不安を感じたまま、スタッフの男の人数人と、私はバンに乗っていた。確か、カラオケのビデオを撮る顔出しの仕事で、マネージャーの言葉を借りれば「あっという間に終わる」はず、であった。着いた場所は、郊外にある大きな団地の一室だった。その部屋の住人がスタッフと知り合いで、半日貸してくれたらしい。主婦らしい赤ちゃんを抱いたその住人がドアを開けてくれた時、私は内心ホッとした。だって新人の私にはマネージャーは付いてきてないわ、スタッフは全員男だわ、知らない家に連れて来られるわ、自意識過剰になって、結構、緊張していたのである。仕事はいわゆるよくお店で流しているカラオケビデオの撮影で、小林幸子さんの『女の円舞曲(ワルツ)』というバリバリの演歌に合わせて、ひとりでワルツを踊るというものだった。「ひとりで、ですか?」。私はあきれた。『バカみたいじゃない?』。「そーそーっ、松井ちゃんは、男に振られて打ちひしがれてる女の人なわけよ。家に帰ると、ひとり身の侘びしさが、辛く悲しく胸を締め付ける……。そして別れた彼を思いつつ、ワンツースリー、ワンツースリー、こうっ、軽やかにステップ、ステップ」細身のディレクターは『自分でやったほうがいいのでは?」と思うぐらい、スマイリー小原を彷彿とさせる腰つきで踊った。「家でひとりで?!男に振られて踊りますか!?」「踊るんですっ」。ディレクターは、きっぱりと言った。『そうか、そんな変な女だから振られるんだな』。私は一応、納得した。「そしてぇっ、歌のサビッ、クライマックスで、こーゆうふうにぃ、ネグリジェをはためかせ、オーバーにぃ、ソファに倒れ込むっ」彼はそう言いながら、本当にドンッという音をたててソファにバウンドした。結構、背中が痛そうだった。しかしっ、そんなことはどうでもいいっ。私には、彼の言葉の一点が、非常に聞き捨てならなかった。「ネグリジェェェェェェ!?」。頭の中はぐるぐる回転した。『いやっ、ネグリジェといっても色々ある。普通の綿ローンで出来た花模様の乙女チックなやつとか、薄手のジャージィで出来たハウスウェアのようなのとか。そうっ、決して、スケスケの、あのっ、ナイロンで出来たフリフリのネグリジェだけが、ネグリジェではないはずだ』しかし、祈るような私の願いは見事に打ち砕かれた。アシスタントディレクターが出してきたのは、黄色のベビードールという、丈が異常に短い最悪のネグリジェであった。もう一枚、ピンクのロング丈の「これぞネグリジェ」というものも用意されていたのだが、こちらの方とてスケスケであることに変わりはない。私はゾッとした。『逃げ出したい…』。うろたえる私の様子には目もくれずディレクターは、明るく言った。「んーっ、この長い方がいいかなぁーっ?松井ちゃん、とりあえず、両方着て見せてくれる?それから、どっちにするか決めよう」私はニ枚のネグリジェを渡されて、重い足取りで奥の部屋へ入って行った。『どうしよう……』さんざん悩んだ末に、私は意を決して着替えることにした。二枚ともいっぺんに着ることにしたのである。いちばん下には最初から着てたスリップ、その上には黄色のベビードール、そのまた上にはピンクの丈長のネグリジェと、都合三枚着込んだことになる。『よしっ、これならどこにライトを当てられても、スケる心配はない』スタッフは、体のアチコチが不自然にデコボコしているネグリジェ姿で出てきた私を、いぶかしげに見ていたが、「これで、いきますっ。すっごく寒いんですっ、中にスリップ着ましたっ!」という、鬼気せまる迫力に押されたのか(哀れに見えたのか?)、「わっ、わかりました、じゃ、これでいきましょう」ということになった。その後、妙に着膨れしたネグリジェ姿でひとりでワルツを不気味に踊り(いつまでもリズムがとれないのでディレクターは、トライアングルで一、二、三とリードする係りまでさせられた)、そしてなぜかトランプを口にくわえて上目遣いをしたりして、最後には例のソファに倒れ込み、撮影は終了した。後日、飲んでる席でふと口を滑らせたせいで、その『女の円舞曲』をかけてみようということになり、私は出来上がったカラオケビデオを初めて見た。自分で大人っぽく化粧したつもりの顔は狸みたいだったし、ネグリジェはやっぱりボコボコしていて、おまけにひとりで踊るワルツは不気味以外の何物でもなかった。友人達は、お腹をよじらせて大笑いしていた。だが、ディレクターの狙いがそこにあったはずがなく、案の定その会社の仕事はそれから一本も、私の所には来なかったのである。(P20〜P25)

【ハカナイ恋だったのねぇ】
事件は、小学一年の夏、初めてのプール学習の日に起こった。私は買ってもらった真新しいスクール水着が嬉しくて、朝から家中を水着姿で走り回ったり、絨毯の上にうつ伏せになって泳ぐまねをしてふざけていた。気がつけば、時計は学校へ行く時間を指しているではないか。「遅刻するわよっ」と母に追い立てられて、私は慌てて身支度を始めた。そしてそのとき、ふと、イイことを思いついたのである。「そうだっ、一時間目がプールなんだから、このまま水着の上に服を着ていけばいいじゃん」我ながらなんて頭がいいんだろうと感心してしまった。これなら、脱ぐだけですぐ水着になれるし、荷物も少なくてすむのだ。初体験のプール学習は何事もなく殆ど水浴び程度で、遊んでいるうちに終わった。みんなで更衣室へ戻ってシャワーを浴び、タオルで体を拭いて、さぁ、服に着替えるか、という段になって……私は愕然とした。「パ、パ、パンツがない!」のだ。いくら探しても、それは出てこなかった。大体、元々あるはずがない。よーく考えてみれば、最初っから、穿いて来ないんだし、持ってきてもいなかったのだから。この日の朝、ルンルンしながら水着の上に服を着た私に、プール学習のあとに必要となる「パンツ」のことを考える余裕はなかった。タオルにくるまったまま、しばし呆然と立っていた。お友達はとっくに着替え終わっている。『どうしよう?』ここで私は、ある選択を迫られた。パンツの代わりに、脱いだ水着をもう一度着てからスカートを穿くか、それとも思い切って「ナシ」でいくかである。髪の毛から滴がぽたぽたと肩に落ちて、それでなくとも寒気がしているのに、今更ぐっしょり濡れた水着を身につける気にはとてもなれなかった。『ナシでいくしかない』私は悲壮なる決断をしたのだった。それからは極端に無口になった。どうも下半身がスカスカして落ち着かない。そしてみんなの視線がやたらと気になっていた。残された三時間の授業を、無事バレることなくクリアして、走って家に帰りたかった。「早く終われぇぇ、早く終われぇぇ」と念じて、授業など上の空そうこうしているうちに、四時間目の終了を知らせるチャイムがやっと鳴った。やれやれとほっとした私は「先生さようなら」のご挨拶もそこそこに、誰よりも早くランドセルを背負い、校門へと駆け出した。外へ出て、今まさに我が家への直線コース数キロの道をダァッシュ!しようとしたとき、後ろから「なおちゃぁ〜ん、待って〜」という声とともに、バタバタとお友達のK子ちゃんとA夫くんが現れた。「もうっ、なおちゃんなんで先に行っちゃうの?」 K子ちゃんは私の気も知らず、プンプンである。三人は家の方向もお掃除の班も同じだったので、よくつるんで帰っているのだ。そして私は密かに、幼稚園から一緒だったこの A夫くんに対して、ほのかな恋心を抱いていたのだった。だからあ、今日はひとりで帰りたかったのにぃぃぃ!私の心臓は爆発しそうなくらいドキドキしだした。『もしハイテナイことが A夫くんにばれちゃったら……』。そう思うと目の前が真っ暗になった。「ねぇ、なおちゃん、なんでそんなに速く歩くの?」 K子ちゃんはハァハァ言いながら私に歩調を合わせ、不審そうに顔を覗き込んできた。いつの間にか小走りになっていたらしい。「えっ?ううん、何でもないよ」とうわずった声で答えたときだった。ダンプカーがすぐ横をもの凄いスピードでブッ飛ばして行った。一陣の風が私たちの間を吹き抜け、短いフレアスカートを、思いっきりビューンとめくっていったのだ!それは強風で傘が裏返しになったときによくいう、おちょこ状態に近いものがあった。とっさに私はスカートをつかんで、しゃがみ込んだが、時すでに遅しの感は拭えなかった。ダンプの撒き散らした土埃の中で、シラ〜とした空気が流れていた。それでも私はまだ、一抹の希望を捨ててはいなかったのだ。『もしかしたら、あの猛スピードのダンプに気を取られて、ふたりとも、ハイテナイ事実に気付かなかったかもしれない』私は気持ちをやっとこさ立て直すと、さり気なくスカートをパンパンとはたいて、ひたりと目を合わせないようにおそるおそる歩きだした。しかしすぐに自分の考えが甘かったことを、思い知らされるのだ。心もとないひらひらスカートを手で押さえ、妙にギクシャク歩く私の後ろ姿に向かって、 K子ちゃんはついに、言ってはならない最悪の質問を投げかけた。「ねぇなおちゃん、どうしてパンツはいてないの?」ギャァァァー!やっぱり見られていた!私はもう A夫くんの前でバラされたのが恥ずかしくて、カァーッと顔が熱くなっていくのがわかった。「 K子ちゃんなんか嫌いだぁ〜」私はスカートの裾をしっかり足の間にはさんで、内股になりながら脱兎のごとく家へ駆けだしたのであった。なんとも情けない話だが、私の「ハカナイ」思い出は、もうひとつある。北海道には珍しくもないある寒い雪の日の朝、私は紺のコートにマフラーに手袋、長靴という防寒態勢で通い慣れた中学校へと向かっていた。学校へ着いて教室に入り、石炭ストーブの暖かさにホッとしながら、いつものようにコートを脱いだ。なんとなくスースーしてる下半身を見ると…!ヒラヒラしてる真っ白いスリップが、いきなり目に飛び込んで来たではないか!な、なんと!制服のスカートをはいていなかったのだぁ!!私は慌てふためいてコートを着直し、ゼィゼィ言いながらボタンを下までしっかりと留めた。念のためにもう一度、コートの襟の隙間から覗き込んで確認したが、やっぱりスカートは影も形もなかった。さぁ、それからが試練の始まりだった。急いで公衆電話へ走り、母に哀願した。「昨日の晩、寝押ししとこうと思って布団の下に敷いたまま、はいてくるの忘れちゃったのよ〜!すぐ持って来て〜!」「用事があるから昼までは無理」母の答えはつれなかった。ガクッ…。教室へ帰って目立たないように背中を丸めて机に向かっていると、何人ものクラスメートが心配そうに尋ねてくる。「松井さん、コート着たままよ。どうしたの?風邪でもひいたの?」そのたびにコソコソと耳打ちしなければならなかった。「実はスカートはいてくるの忘れたの」と。最悪だったのは一時間目、二時間目、三時間目、四時間目と教科によって先生が変わるごとに、「松井、教室の中ではコートくらい脱げ!」と怒られ、「スカートはいてくるの忘れちゃったんです。すいません」と毎回説明して、謝らなくてはならないことだった。勿論、そのたびに教室はドッとわいた。ふと横を見れば、憧れの君も大口を開けて笑っている。もう、やけくそになった私は黒板にでっかく、『松井は、スカートをはき忘れたため、コートを着用しています」とでも書いておこうかと思ったくらいだ。そして、やっと母から紙袋に入れられたスカートが職員室に届けられた昼休み、「よかったなぁ」と先生達に笑顔で送られて廊下へ出て、私はハタと気がついた。「五、六時間目は体育じゃないのよ!」何だかやたらと空しい一日であった。(P149〜P156)

現在、日本テレビの『名探偵コナン』でも活躍中の人気声優のスラップスティック青春記。(発行・メディアワークス/発売・主婦の友社)



松井 菜桜子
4月4日生まれ。三人兄弟の末っ子としてすくすく育つ。18歳のとき上京。その後、声優デビューし、多くの作品に主演している。あだ名は「女王様」。【代表作】アニメ:『サイレントメビウス』(香津美リキュール)/『コンパイラ』(コンパイラ)/『らんま1/2』(白鳥あずさ)/『NG騎士 ラムネ&40』(レスカ)/『魔法陣グルグル』(ルンルン)/『ピーターパンの冒険』(ウェンディ)/『バーチャファイター』(パイ・チェン)など多数。洋画:『メルローズプレイス』(アリソン)など多数。ゲーム:『サイレントメビウス』(FM-TOWNS)/『魔道物語』(PCエンジン)/『ガンバード』(セガサターン/プレイステーション)など多数。CD:『世界征服』/『道楽女王』(ともに全曲作詞)/『サイレントメビウス (香津美)挿入歌』 など多数。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同意です。
Posted by 名無し at 2006年06月09日 07:02
スポンジボブが大好きですw
Posted by 名無し at 2006年06月09日 07:03
松井さん、懐かしいです。明園、丘珠と一緒だった大作です。今日、偶然このHPをみつけ、懐かしくて書き込んでみました。なんか凄く活躍していて、ちょっと自慢です。『なんてこったい』貴方らしいです。
これからも頑張ってください。
Posted by 明園の大。 at 2006年10月15日 20:33
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。