2011年03月13日

ラバウル温泉遊撃隊 著者/山崎 まゆみ

昨日の続き

「台南空だった坂井三郎(山口注:大日本帝国海軍航空隊の戦闘機操縦士。64機撃墜のエースパイロット。戦後、戦闘機操縦士としての空戦歴を含む帝国海軍軍人時代を語った『大空のサムライ』を著す)も
ね、もちろん温泉に入っていた。だけどね、この写真に載っているような、こんないい場所じゃない。ああいう所で風呂に入っていると、いつ敵にやられるかわからないからね。これより、もっと飛行場(東飛行場)の手前にあったの。一口にね、ラバウル温泉と言っていた。花吹温泉なんて、戦後、誰かがつけた。花吹温泉なんて言ってなかった。当時はラバウル温泉と言っていた。パネル知ってる?パネルってのはね、幅が約90センチ、長さが1メートル80。木で作られていて、囲いにしたり、非常に便利なんだよ。穴を掘って、それを入れて、温泉が入ってくるでしょ。雨水を貯めといたものを加えて、温度を調節して入ってた。それがラバウル温泉ですよ。204空のみんなは、そういう簡単な風呂に入っていた。だってそれしかないもん。ラバウルは基地なんだよ。それで、ラバウルからブーゲンビルとかガダルカナルとかに、飛ぶ。ガダルカナルまで行くには、距離が長い。4時間はかかる。10分、空中戦するともう戻ってこなくてはいけない。ラバウルから先には温泉はないんだよ。みんなドラム缶でね。だからね、だからね、みんなラバウル温泉に入ってから飛び立っていったよ。入っていた様子?それはね、なんていうのかな。例えばね、アメリカだのオーストラリアだの、連合軍の飛行機が来るなんていうと、お風呂なんて言ってられないの。温泉なんかよほど、こちらが優勢なときでないと入っていられないの。(後半略:P68〜P74)

明日へ続く


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