2011年03月06日

ラバウル温泉遊撃隊 著者/山崎 まゆみ

昨日の続き

『「話を聞きに来るのが20年遅いよ!」』

このテーマを調べ始めて、数ヵ月。新緑の季節から、すでに初夏を過ぎ、盛夏になっていた。

暑い盛りで、連日連夜、最高気温が更新されていた。

夏バテ気味の中、毎日、何かしらの手がかりを探しては、当たって砕ける。

そんなことばかりを繰り返していた。

夏日の気温と同じくらいに、私も暑かった。

花吹温泉に入っていたという元日本兵の話くらいは聞きたいと思ったが、それすらなかなか探し当てられない。

すでに行き詰まりを感じていた。

毎日、私は「参ったな」と独り言を言っていた。

(中略)

「面倒見の良いお爺ちゃんがいるから、山崎さん、紹介するよ。彼ならいろんな人を知っているから、手伝ってくれると思うよ」と紹介して下さったのが、丸山正好さんだった。

この方が、この後の私に大きな影響を与えてくれる。

(中略)

大正13年生まれ、当時82歳の丸山正好さんは、愛知県軍恩連合会会長、軍恩連盟全国連合会副理事を務められていた。

愛知県軍恩連合会の事務所がある名古屋の護国神社の一室で、初めて丸山さんにお会いした。

82歳にはとても見えないほど肌の色艶が良く、ふくよかな方だった。

声に張りがあり、声量もある。

丸い顔をほころばせてにこにこしながら話す様子がとても印象的だ。

丸山さんは18歳で志願して海軍に入隊して出征した。

衛生兵としてニューギニアのカビエンの病室にいた。

戦地に3年、入隊はその1年前からで、軍には丸4年いた。

また、戦後、昭和43年に遺骨収集の下準備に3ヶ月かけて一人でラバウルを歩いたという方で、第一回遺骨収集のリーダーとして昭和45年に再度ラバウルへ行っている。

その後、ラバウルへは10回以上渡航されているという。

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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