2011年03月03日

ラバウル温泉遊撃隊 著者/山崎 まゆみ

昨日の続き

しかし、祖父は、戦いの話も石油採掘機製造の仕事の話もしなかった。

第二次世界大戦の日本軍の作戦の要とも言える蘭印の石油採掘の一助となっていたはずだ。

まして、サンガサンガ油田で汗を流したなど、聞いたこともなかった。

だから私が知っている戦時中における祖父の役割の話は父から聞いたものだ。

祖父は、一切しなかった。

祖父の話はとても戦時中とは思えない、それはまるで外国で暮らした夢のひと時のようだった。

ジャングルのむせ返るほどの強烈な熱風のこと、バナナが美味しかったこと。そしてマラリアで苦しんだ話。祖父からは、温泉に入っていたという話は聞かなかったが、よく川へ飛び込んで水浴びをして気持ちよかったと話してくれた。

祖父の戦争体験を聞いているというより、祖父がジャングルで生活していた思い出話を聞いているようだった。

大人たちは、もう聞き飽きた顔をしていたが、幼少の私は、熱心にその話を聞いた。

長岡から一度も外に出たことがなかった私にとっては初めて聞く外国の話だった。

それはもう胸をときめかせ、祖父が語るボルネオを子供ながらに楽しんだ。

新潟の夏は、日本海沿い特有のもこもことした大きな積乱雲が真っ青な空に浮かび、たっぷりと湿気を含んだ空気は田んぼの青くさい匂いがする。

そんな新潟の盛夏と、祖父が語った蒸し暑いジャングルの気候はどう違うんだろう、そんなことを思いながら祖父のボルネオ話を胸の中にしまった。

今では仕事で外国を旅して歩くようになったが、その世界への扉を開けてくれたのは祖父の戦時中の記憶だ。

それほど祖父の話は魅力的だった。

祖父は10年前に他界した。

もう話を聞くことができない。

もっと話を聞き、書き留めておくべきだったと、今になり後悔している。

ただ、私が徐々に「戦場の温泉」に興味を抱いていったのも、戦い以外の戦場での生活や当時の気持ちなどを聞かせてくれた祖父の存在が大きい。(P32〜P34)

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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