2011年02月21日

塩の文明誌〜人と環境をめぐる5000年 著者/佐藤 洋一郎

昨日の続き

瀬戸内の景観を示す言葉に「白砂青松」があるが、「白砂」は、製塩のために山の木が伐られ、風化した花崗岩からなる山土が削られて海岸に堆積したものだという。

青松の「松」は、禿山と化した山に、乾燥に強く、またカロリーの高い松を移植した結果という人もいる。瀬戸内は元々が乾燥地域なので、いったん伐られた山を元に戻すのは簡単なことではなかった。

ちょうどインドシナ半島の中心に位置するタイ東北部はバンチェン文化期頃から製塩、製鉄が行われてきた地域で、それに伴う森林破壊が進行していた。

この地域は、モンスーン地域にありながら乾燥化が進みつつある地域だが、そのスタートも案外製塩なのかもしれない。

製塩による同様の森林破壊は欧州でも深刻であったという。

欧州の塩というと、岩塩が思い出されるが、前章でも書いたように古くは地中海でも製塩が行われ、できた産物は欧州各地に運ばれた。

この塩はやはり海塩であり、その製造には膨大な量の木材資源が薪炭として使われたようである。

こうしてみると、現代のイオン交換膜式の製塩がはじまるまでは、塩の生産と精製には古今東西を問わず、一貫して森林の過剰伐採を伴った歴史があったことがわかる。(P180〜P182)

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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