2011年02月19日

塩の文明誌〜人と環境をめぐる5000年 著者/佐藤 洋一郎

昨日の続き

塩の道は欧州にもあったようだ。

欧州など、岩塩が多いので海の塩を運ぶ必要など無さそうにも見えるが、実のところフランスにも塩の交易路があったと、化学者のピエール・ラズロは書いている。

それによると、フランスでは地中海の沿岸に塩田があり、そこで塩が生産される。

その塩は、羊の群れを追って暮らす羊飼いたちが夏、山の上の方に向かうとき、一緒に運ばれる。

この塩を運んだ道があるのだという。

塩は、羊飼いという“人間”だけに必要なのではなかった。

山に入る“動物”にも、塩はまた必要だった。

ラズロは、動物の群れを統制するのに、塩が重要な役割をはたしていると考えているようだ。

群れがいるどこかの一角に塩の塊を置いておくと、羊や牛たちはそれを舐めに来るのだという。

そして、群れの動物の間には序列があって、どの個体から塩にアクセスできるのか、群れのなかで決まっているのだという。

弱い個体は強い個体が十分塩を舐め、そこを離れたときにしか塩にありつけない。

だから塩は、多くの個体を引きつける求心力の役割をはたしているらしい。

このラズロの話は、沙漠を行く旅で、水場とともに塩場の位置を常に考えながら動いていた遊牧民を思い出させる。

彼らもまた、その塩は彼ら遊牧民自身だけではなく、連れ立つ動物のためにも必要なのであった。(P79・P80)

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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