2011年02月17日

塩の文明誌〜人と環境をめぐる5000年 著者/佐藤 洋一郎

昨日の続き

『農耕のはじまり』

この原則は人にもそのまま当てはまる。

狩猟採集民は、動物を捕獲するとその内臓や血液から塩分を得ていた。

世界には、食塩というかたちで塩分をとらない民族があるが、元・国立民族学博物館の石毛直道氏によれば、彼らは動物由来の塩で生きながらえているのだという。

遊牧民も、塩との強いつながりのなかで生きてきた。

狭い、森の多い日本列島に暮らす私たちは、大陸の内部に暮らす彼らがだだっ広い草原をあてどもなく動き回っているかの印象をもつが、それは誤解というものだ。

彼らは、水だけでなく、塩がどこにあるかをきちんと知っている。

そしてしばしば、岩塩を取り出して農耕民のもとに運び、他の生活必需品と交換していた。

つまりは交易の民であった。

いっぽう農耕民のように、穀物への依存が高まると、動物から得ていた塩分が不足となる。

さらに、次項で述べるようにカリウムとのバランスでナトリウムへの要求が高まる。

人間の社会が文明と呼ばれる高度なシステムを築き上げるには、ある程度の人口密度を必要とする。

そして、その高い人口密度を支える食料として、デンプン給源としての穀類への依存度が高くなって行く。

それにともなって、塩への要求も高まることになる。

石毛氏も、農耕のはじまりが塩分への要求度を高めたのではないかと述べている。

同時に、農地の塩は、第三章ほかでも触れるように、しばしば塩害という、人間にとって負の現象を起こしてきた。

単純化していえば、農耕民は古い時代から、塩が持つ正・負双方の側面の狭間で生きてきた、といってよいと思う。(P39・P40)

明日へ続き


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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