2011年02月13日

塩の文明誌〜人と環境をめぐる5000年 著者/佐藤 洋一郎

昨日の続き

ヒマラヤに限らず、大陸奥地には岩塩の鉱床が多く知られる。

欧州では、2000年以上も前からその存在が知られ、そこで産出される岩塩は巨額の富と利権を産み出した。

オーストリアのドイツ国境付近にあるザルツブルクも、その名が「ザルツ」、つまりドイツ語の塩であることが示すように、古くからの塩の集積地のひとつであった。

ザルツブルクの歴史を概観してみよう。

人々はすでに鉄器時代からこの地で塩を採っていたようだ。

ザルツブルク近くの村ハルシュタットでは、紀元前のケルト人の遺跡が知られている。

相当に高い水準の文化をもった人々がこの地にはいたようである。

ザルツブルクは、中世にはローマ教会の大司教がいたほどの都市として繁栄を極めた。

岩塩こそが、この繁栄をもたらしたといっても過言ではないだろう。

今日の日本に住む私たちは「たかが塩で」と思うかも知れないが、海から遠い内陸のこの地では塩は文字通り生命線であり、また富を生む宝石でもあったのだ。

この辺りでは、ザルツブルクの周辺にもいくつもの塩の鉱山がある。

鉱山のいくつかは観光地になっていて、ガイドの案内に従って地底深くにある鉱床に辿り着くことができる。

そこでは、中世当時の採鉱の様子など見ることができる。

また、塩についての展示もあって、ちょっとした博物館のようだ。

地下の鉱床に辿り着くまでの途中には、テーマパークにありそうなシュートがついているところもあって、ちょっとしたスリルも楽しめる。

なお、ザルツブルクはモーツァルトが生まれた町で、その生家も残されている。

また名指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンもこの町で生まれている。

音楽好きにはザルツブルクは夏の「ザルツブルク音楽祭」でとみに有名である。

塩と音楽の間に直接の関係は無いと思うが、音楽を楽しむ貴族たちの富のもとが塩にあったことは間違いないであろう。(P23〜P26)

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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