2010年12月31日

有坂銃―日露戦争の本当の勝因 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

本書の内容は、有坂銃(三十年式歩兵銃)について以外に、有坂成章が手掛けた大砲の解説もありますが、大砲については、有坂は小銃ほどの成功は成せなかったことが記述されています。

それも含めて、幕末から始まり、戊辰戦争や西南戦争を経て、日露戦争という、日本の存亡を懸けた運命の大戦争に勝利するまでの日本陸軍の兵器開発史を、有坂成章という技術者を通して語ったものが本書であります。

そしてその有坂成章は維新回天の雄・長州藩(正確には、長州の支藩の岩国藩)の出身で、戊辰戦争時には14〜5歳で、すでに立派な武士の一人でした。

その当時の有坂の眼に、戊辰戦争と維新回天がどのように映ったかはわかりませんが、兵頭氏は、本文の附録として、戊辰戦争における次のような評論をしているものが、私に「有坂銃」の開発史以上に印象深かったので、その文章を紹介することで、今回の締めくくりとさせていただきます。

明日へ続く


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