2010年12月29日

有坂銃―日露戦争の本当の勝因 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

まず、彼我の野戦軍が互いに5000m以上離れて対峙しているときには、ロシア側の野砲弾(榴霰弾)だけが届くものの、その威力は弱く、どちらもほとんど損害を受けることはない。

間合いが詰まって4000mになると、日本軍の三十一年式野砲の正規の榴霰弾の威力が現れはじめる。

そして砲兵の間合いはこれ以上は詰まらない。

というのも、距離がもっと近くなれば、敵の騎兵が数分以内に襲撃してくる恐れが生ずるからである。

山砲はともかく、野砲は、どんなに接近しても敵部隊から1200m以上の間合いを保たなければ危険だった。

したがって、機関砲が効果を発揮しはじめる1500mまで近付く前に、砲兵は陣地をより後方に変換して間合いを開けたことであろう。

距離2000mから、小銃がよく当たり始める400mまでの地帯は、ロシア軍の7・62ミリ・マキシム機関砲と我が6・5ミリ・ホチキス機関砲(使用弾は三十年式小銃弾)が撃ち合いに加わる。

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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