2010年12月19日

有坂銃―日露戦争の本当の勝因 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

内容抜粋

『口径6・5ミリの賭け』

1981年12月、イタリア陸軍が次期主力小銃に口径6・5ミリを採用しそうだ。

との情報が日本にもたらされた。

日本兵の背格好に最も近いイタリア兵の歩兵銃として6・5ミリという思い切った小口径が採択されることは重要情報である。

もし6・5ミリで7・92ミリ(清国軍の小銃口径)や7・62ミリ(ロシア軍の小銃口径)弾に対抗できるのならば、資源小国で工業後進国の日本として、その6・5ミリを選ぶのにしくはない。

かつてイタリア人教師の通訳を勤めたこともある有坂は、特にイタリアの軍用銃の動向に関心を払っていたであろう。

1982年8月、東欧の小国ルーマニアは、世界で最も早く、口径6・5ミリの1892年式マンリッヒャー銃の採用に踏み切った。

交換支給すべき小銃の定数が少ない小陸軍国ならではの果断と言えたが、その一方で、連発銃の採用としてはこれが最も遅い記録となっている。

続いてイタリアが、風評通り、同じ6・5ミリでマンリッヒャー式弾倉を使用する1891年式銃を採用した。

以後、6・5ミリ弾を採用する国が、ヨーロッパの小陸軍国を中心に少なからず続いた。

なお、国によって、それぞれの実包の寸法はすべて異なっているが、この時点では、イタリアの6・5ミリ弾薬が最もコンパクトにできていた。

明日へ続く


posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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