2010年07月31日

食を創造した男たち 著者/島野 盛郎

昨日の続き

東京・千住の西洋料理屋で出逢ったカレーライスの味と香りに魅力に虜にされ、輸入物に増量剤を混ぜただけの日本製カレー粉に不満を抱き、自らの手で原料を集め、調合するカレー粉づくりを決意するも、その製法の知識も情報も極端に乏しい当時の状況での難事を悪戦苦闘の末に克服し、独創のカレー粉を誕生させ、カレーライスが今日の日本人の国民食のひとつとなるほど永く愛されるものにした男、山崎峯次郎。

日本の食生活近代化の黎明期に、そのパイオニアとして活躍した、食品事業の偉人たちの物語です。

なお、内容抜粋は、5人全員はさすがに難しいので、カゴメのトマトケチャップを生み出した、蟹江一太郎氏のみとさせていただきます。

それで先に蟹江一太郎氏の生い立ちについて、簡単に説明しますと、明治8(1875)年2月7日、愛知県知多郡名和村(現・東海市名和町)の農家の長男として生まれました。

生家は佐野といい、「蟹江」は一太郎(幼名は市太郎)が婿養子として入った家の姓です。

一太郎は8歳で母を病で失い、家事と農作業の手伝いと、3歳の弟の世話をするようになったが、休む暇なく働き通しの父のために10歳で小学校を退学。

まもなく父が後妻を迎え、腹違いの弟が二人できる。

その後、明治19年の東海道本線の敷設工事や、明治22年の愛知県海岸部を襲った未曾有の暴風雨被害の復旧工事、そして明治24年の濃尾地震の被害による物価の異常高騰という困難にもめげずに、勤勉に働く姿が評判を呼び、隣村(知多郡荒尾村、現・東海市荒尾町)の蟹江家に望まれ婿養子となりました。

この婿入りが、愛知県の農村の働き者の一青年から、カゴメ株式会社創業者にして、日本のトマトケチャップのパイオニアである蟹江一太郎への飛躍のはじまりとなりました。

では続きは内容抜粋にて御覧ください。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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