2010年07月25日

極東の島国が守った地中海〜第一次世界大戦と日本軍 著者/兵頭二十八

昨日の続き

無謀にも等しい友軍支援だと言えた。

その「第二特務艦隊」が地中海での船舶護衛を開始してから一ヵ月も経たぬ1917年5月4日のこと。

英国の徴用客船『トランシルバニア』は、兵員約3000名を乗せ、日本の2隻の駆逐艦『松』と『榊』とにエスコートされつつ14ノットでジグザグに航行していた。

すると午前10時、同船の左舷機関室に、見えない水中の敵から発射された魚雷一本が命中、爆発した。

『松』はただちに同船に寄り添って、兵員収容を開始。

『榊』は周囲を走り回って、敵潜水艦が浮上砲撃して来られぬようにした。

最寄のイタリアの陸地までは、あと2浬だった。

だが20分後、また一本の魚雷が、横付けしていた『松』に真っ直ぐ向かってきた。

一英文サイトには、『松』が全速後進をかけたため『トランシルバニア』にそれが当たり、沈没したと書いてある。

移乗作業中に全速後進をかけられるだろうか?

いずれにしても『松』の全長は、548フィートもあった『トランシルバニア』の半分でしかなかったのだ。

2本目の命中によって『トランシルバニア』は40分以内に沈没し、『榊』と『松』の救助にもかかわらず、乗組員10名、将校29名、下士官と兵373名が戦死した。

このとき日本側には死者は出ない。

5月22日、駆逐艦『楓』の二等兵曹が落水し、これが第二特務艦隊での殉職第一号になった。

日本政府は、海軍が地中海で作戦中であることを国民に知らせた。(P47・P48)

明日へ続く
posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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