2010年07月24日

極東の島国が守った地中海〜第一次世界大戦と日本軍 著者/兵頭二十八

昨日の続き

『Uボートと日本海軍の決戦』

地中海のドイツおよびオーストリアの潜水艦の跳梁に手を焼いた英国が、1916年12月18日に日本海軍の駆逐艦を派遣してくれと要請してきたとき、加藤高明外相は、〈既に我が国が制圧した赤道以北の旧ドイツ植民地を日本に譲るのなら……〉と強気で交渉することができたのである。

バルカン半島を支配していたオーストリア帝国は、海軍国でもあった。

水上艦はアドリア海に封じ込められてしまったのだが、潜水艦(ドイツから鉄道で運ばれたものも含む)は、幅100キロの封鎖線を潜って地中海に広く展開し、イギリスのスエズ支配を危険に晒していた。

例えば、映画の『サウンド・オブ・ミュージック』で有名となるフォン・トラップ艦長は1915年のある夜、潜水した状態から魚雷を発射してフランスの1万2千トンの重巡洋艦を轟沈させ、その三ヵ月後には、イタリアの潜水艦と正面から魚雷を射ち合って勝利しているのだ。

こんな驚くべきハイテク戦争の最前線へ投入されようという日本の駆逐艦隊(総勢8隻。旗艦の軽巡洋艦は基地であるマルタ島に留まり、英軍司令官との打ち合わせに専任)には、対潜作戦のノウハウも装備も全くゼロ。

明日へ続く
posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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