2010年07月18日

マキアヴェッリ語録 著者/塩野 七生

昨日の続き

《若干の序論と考慮すべき事情を述べながらの、資金援助についての提言》

国家はすべて、いかなる時代であってもいかなる政体を選択しようとも関係無く、自らを守るためには、力と思慮の双方ともを必要としてきたのであった。

なぜなら、思慮だけでは充分ではないからだ。 思慮だけならば、考えを実行に移すことができず、力だけならば、実行に移したことも継続することができないからである。(P206・P207)

《若干の序論と考慮すべき事情を述べながらの、資金援助についての提言》

わたしは、改めて繰り返す。国家は、軍事力なしには存続不可能である、と。それどころか、最後を迎えざるをえなくなる、と……。

もしも、あなた方が、なぜ我々に軍事力が必要なのか、フィレンツェはフランス王の保護下にあるではないか、ヴァレンティーノ公爵チェーザレ・ボルジアだって、攻撃してくる怖れも無いではないか、と言われるのなら、私はそのような考えほど軽率なものはないと答えよう。

なぜならすべての国家にとっては、領国を侵略できると思う者が敵であると同時に、それを防衛できると思わない者も敵なのである。

君主国であろうと共和国であろうと、どこの国が今までに、防衛を他人にまかせたままで、自国の安全が保たれると思ったであろうか。(P207・P208)

《戦略論》

真の防衛力とは、ハードな面での軍事力だけではない。

軍の評判というものも、軍事力に数えられるべきである。

不当に戦いを挑まれたら全力を尽くして闘う軍隊、と思われることは、敵を怯ませる要因のひとつに立派になりうる。

自衛力とは、武器と戦意を合わせて計られるべきであろう。(P209)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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