2010年07月16日

マキアヴェッリ語録 著者/塩野 七生

昨日の続き

《政略論》

一国の国力を計る方法の一つは、その国と近隣諸国との間に、どのような関係が成り立っているかを見ることである。

もしも近隣の諸国が、友好関係を保ちたいがために貢納してくるようならば、その国は強国と言えよう。

反対に、弱体なはずの近隣諸国であるのに、それらの国々に対し金銭をもって援助する関係である場合、その国家の国力は弱いと思うしかない。

ローマ史全体を読んでいくと、アッシリア人、エドゥス人、ロードス人、それにシラクサのヒエロンやエウメネスやマッシニッサのような王たちが、ローマと国境を接する国や君主であったのだが、彼ら全員は、ローマとの友好関係を確保するために、ローマが必要とする貢納金を納め経費を負担し、ローマの保護を得るために、自分たちからは何の要求もしなかったのであった。

これと反対の例は、弱体な国家に見られる。

我々の祖国フィレンツェからはじめると、フィレンツェ共和国が隆盛を極めた昔でさえ、フィレンツェと国境を接するロマーニャの小国家群は、貢納どころか経費負担も申し出たことはなかった。

それどころか、我々の方が彼らに、経済援助を与えていたのだ。

もしも、フィレンツェに強力な軍事力が備わっていたとしたら、これとは反対の現象が生じていたに違いないのだ。

このようにだらしない状態は、一人フィレンツェにかぎらない。

ヴェネツィア共和国やフランス王国に至っては、スイスやイギリスに貢納している始末である。

この原因は、一に、自国の民の武装を怠り、他国民の傭兵に頼ったことにある。

このような近視眼的な国策は、ひとまずの現状打開には役立っても、終局的には国家の命とりに繋がらざるをえないのである。(P193・P194)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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