2010年07月12日

マキアヴェッリ語録 著者/塩野 七生

昨日の続き

《君主論》

古代のローマ人は、紛争に対処するに当たって、賢明な君主ならば誰もが行うことをしたのであった。

つまり彼らは、眼前の紛争にのみ役立つ対策を講じたのではない。

将来起こりうるものにも、対策を忘れなかったのだ。

ローマ人は、あらゆる努力を払って、それらがまだ芽でしかないうちに、摘み取ってしまうことを忘れなかったのである。

将来起こりうる紛争も、芽のうちに摘み取っていれば、対策も容易になる。

医療も、効果を発揮させるには「間に合う」ことが必要であるからだ。

古代のローマ人は、現代(16世紀)の智恵者たちがよく口にする、時の恵みを待つ、という態度を好まなかった。

それよりも、彼らの自らの力量と判断力のほうを頼りにしたのである。

というのも、時は一切のものをもたらすからであり、それ故、善を連れてきもすれば、悪もともに連れてくるものだからである。(P79)

《君主論》

権力を持つ人々の間でも、最近に与えた恩恵によって、以前の怨念が消えるなどと思う人がいたならば、その人は、取り返しのつかない誤りを犯すことになる。(P84)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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