2010年06月19日

ニッポン人の良いとこ、悪いとこ―世界の文明人が驚いた! 著者/びっくりデータ情報部

昨日の続き

『日本の山岳会の発展に寄与』

ウェストンは1861年生まれ。イギリスのケンブリッジ大学を卒業してイギリス聖公会宣教師になり、1888(明治21)年に初めて日本を訪れた。

来日後、彼は神戸にあったアンドルーズ教会の牧師としてキリスト教の布教活動に邁進した。

同時に、イギリス山岳会の会員でもあったウェストンは、趣味である登山を日本で楽しもうと、日本各地の山岳へと繰り出していった。

最初は九州の諸山からスタートし、ついで日本アルプスとして親しまれている信州の山々に挑戦。

穂高岳をはじめ、ウェストンが外国人として初めて登頂した日本の山は少なくない。

登山記『日本アルプス登山と探検』を著して、日本アルプスを国内外に紹介するなど、日本における近代登山の発展に寄与した人物である。

ウェストンは登山の際、地方の民宿などに宿泊してアタックの準備をおこなった。

そのため、それが田舎に暮らす日本人を観察するのにちょうどよい機会となった。

しかしウェストンが唯一、閉口したのが、蚕の存在である。

日本アルプスをいただく長野県は、養蚕業の盛んな地域だった。

生糸を生み出す蚕は宝物のように扱われ、人間以上の待遇で飼われていた。

ウェストンが登山時に宿泊する部屋の傍にも蚕の部屋があることが珍しくなかったのである。

ウェストンにとって、この蚕とともに夜を過ごすことは耐え難い苦痛だったようだ。

桑の葉の匂いが充満していることや、蚕が夜中に動くことで生じるざわめきのような騒音、加えて蚕の糞の臭いなどに悩まされたと後に告白している。

日本の自然を愛し、そこから生み出される日本人のライフスタイルに深い理解を示したウェストンではあったが、苦手な自然の産物もまた存在していたのである。(P213〜P216)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。