2010年04月24日

たんたんたたた―機関銃と近代日本 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

『日本軍のマキシム機関砲』

マキシム機関砲は世界中にセールスされましたが、日本でそれを最初に入手したのは、陸軍であったようです。

『陸軍兵器本廠歴史前記』の1887(明治20)年8月の記事の中に、「マキザム砲附属弾薬」(「砲と弾薬」の意味か)を「ヂャーデンマヂソン商会」より買収、と書かれているのが判読できます。

(中略)

戊辰の役以来、武器商として一代で巨億を成した大倉喜八郎は、マキシムがロンドンで機関砲事業を始めた1884(明治17)年に、2回目の欧米旅行をしており、帰国後は、ジャーディン・マセソンの代理人になっていました。

(中略)

1895(明治28)年6月、台湾占領作戦に、馬式機関砲(山口注:馬式=マキシム式)は試験的に投入されたようです。

伊藤整の『年々の花』が『台湾征討図絵』を引用するところによれば、近衛第一旅団は「機関砲隊」わ4隊有し、その各隊は4門を有していました。

(中略)

とはいったものの、東京砲兵工廠で200門も製作されたマキシム機関砲は、やはり全般的によくない出来だったのです。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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