2010年04月21日

たんたんたたた―機関銃と近代日本 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

しかしそうすると、1869(明治2)年3月25日、榎本艦隊の一部が『甲鉄』を乗っ取ろうと宮古湾に突入するに先立ち、相手の艦にあるはずの1門のガトリング砲をどう無力化するのか、話し合っている様子がないことは、どう解したらいいでしょうか。

こんなところから推せば、やはり『甲鉄』のガトリング砲は日本において臨機に艤装したのだとも考えられるでしょう。

それも檣樓上ではなく船室内に積んだのかもしれません。

ともあれ「残り1門」のガトリング砲や、『甲鉄』の売買契約時の兵装についてのこれ以上の情報がないため、真相についての最終判断は保留するしかありません。

(中略)

「宮古湾海戦」では、函館から奇襲をかけてきた榎本軍の『回天』艦に対して『甲鉄』艦は係留位置の関係から備砲のアームストロング砲を使えず、主にハッチからの小銃射撃と後部の檣樓上からのガトリング砲瞰射だけで反撃して、榎本軍の接舷斬り込みの企図を挫折させます。

この宮古湾海戦は、ガトリング砲が海戦で火を吹いた相当に早い例だと信じられます。(“Encyclopedia of The American Military”は、南北戦争中にほんの僅かなガトリング砲が砲艦に搭載された、としてますが、戦闘に使用されたかどうかは不明です。)

薩英戦争のアームストロング砲以来、日本の近代史には、欧米製最新新兵器システムの「世界初の実戦使用例」が、しばしば登場するようになります。(後略:P15〜P20)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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