2010年04月17日

たんたんたたた―機関銃と近代日本 著者/兵頭 二十八

昨日の続き

内容抜粋

『ガトリング砲』

ヨーロッパから北アメリカの東海岸に入植した初期の人たちは、誰もがロビンソン・クルーソーと同じでした。

農機具、荷車、馬車、その他生活必需機械が損耗・亡失した場合、次の入船を待って買い整えるなどという余裕は彼らにはありません。

衣類から道具まで、自分で修理するか新製するかの手段を講じなければ、半年後の生存すら覚束なかったのです。

銃も、もちろんそうした生存必需機械でした。(ロビンソンがオープニング近くで難破船の内部を捜索するとき、そこに銃も火薬樽も見つからなかった、という枷をかけることは、想像力に優れた小説家にも、怖くてできないことでした。)

小火器の歴史は、しばしば天才設計家たちの歴史として書かれますが、よく調べると、それらの創意に溢れた銃工(ガンスミス)を生んだのは、彼らの所属した社会や文化にほかならないと思える例が多いのです。

19世紀のアメリカ合衆国は、十指に余る天才銃工を生み出し、彼らの遺産が、世界史の表情も一変させてしまいます。

仮に、今日の、例えば日本の大手機械メーカーが、政府から巨額の予算をつけてもらって、それで全く新しいメカニズムの拳銃や小銃や機関銃の開発に取り組んだとしても、おそらくは、100年前のブローニングやガトリングやマキシムらの設計を越えるものはできないでしょう。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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