2010年02月10日

太平洋戦争はなぜ負けたか 著者/別宮 暖朗

昨日の続き

ドッジの提言は自由化政策であり、昭和11年以降初めて自由の風が吹いた。

昭和25年以降の経済復興を、官庁エコノミストは朝鮮戦争特需のせいであるという。

それによる外貨準備の回復は事実であるが、経済発展は外貨準備だけで測定することはできない。

このときの好況は「三白景気」と囃された。三白とは、セメント・製紙・製糖産業のことである。

これらの産業の原料、石灰石・木材チップ・甜菜はいずれも国産であり、政府の外貨割当ての外にあった。

これがため急速な生産設備の拡充が可能であり、好景気を謳歌したのであった。

戦争特需とは何の関係もなかった。

日本が戦前のピークであった一人当たりGNP(ドル換算)に戻ったのは昭和31年であった。

この間、日本経済は、初めは陸軍統制派に、戦時中は陸海軍本省に、戦後はGHQと結託する革新官僚に徹底的に破壊され尽くした。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 🌁| 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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