2010年02月08日

太平洋戦争はなぜ負けたか 著者/別宮 暖朗

昨日の続き

『自由化政策で昭和11年体制がようやく終わりを告げた』

この日本弱体化の情況が打開されたのは、吉田茂首相が招いたジョゼフ・ドッジによる補助金打ち切りと幹旋撤廃であった。

吉田は、「統制だとか助成だとかによって経済を操作しようという考え方を捨てて、日本経済を自立させる方向にもっていくことが必要」(『激動の百年史』白川書院)と説いた。

補助金や組合の経営介入、復金融資という名の優遇は廃止され、経済自由化の端著が図られた。

戦前と戦争直後には発揮できなかった企業家精神が花開いた。

ソニーはテープレコーダーで、パナソニックはラジオで、本田は小型オートバイで昭和30年代すでに、全米市場を席巻した。

これと同質の技術、エレクトロニクスやエンジンでミッドウェーとマリアナで惨敗したことが、丸でウソのようである。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 🌁| 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。