2010年02月07日

太平洋戦争はなぜ負けたか 著者/別宮 暖朗

昨日の続き

現在でも日本人の一人当たり乳製品消費は先進国中最低である。

総額でも16億ドル程度であるが、米国政府は陸軍買い上げ価格による返済を要求、5億ドルを返済したとの記録が残る。

アメリカの枢軸国占領計画はモーゲンソー・プランと呼ばれ、ドイツと日本経済の組織的破壊を画策したものであった。

それにニュー・ディール的外観をかぶせながら、強権的手段によって実行したものである。

このうちドイツについては米ソ対立によって緩和され、マーシャル・プランによって多額の援助が注ぎ込まれた。

日本に対してマーシャル・プランはいっさい無く、日本人は復興を自力でやり遂げたのである。

ところが、昭和24年中央、トルーマン大統領は突然政策を転換した。

国共内戦で中国共産党の勝利が確定し、アメリカは最早、日本の内政に関与しながら社会党や共産党を支援する余裕がなくなったのである。

ただちに、民生局次長ケーディスが本国召還となり、ハドレーらニュー・ディーラーに対しても解雇命令が出された。

このとき馘首されたニュー・ディーラーはそのあと「安全保障調査」という名の身辺調査が行われ、多くは公職につくことが禁止された。

どうということはない。

彼らが今度は米国政府によってパージされたのである。(P193〜P196)

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 🌁| 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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