2010年01月28日

太平洋戦争はなぜ負けたか 著者/別宮 暖朗

昨日の続き

『エリート役人主義と統制経済が日本の継戦能力を奪った』

海軍軍人は、企画院を中心とした統制官庁を苦々しく眺めた。

元来、海軍条約派は英米派であり自由主義者であった。

だが、経済に深入りすることを拒むほどエリート意識が強かったうえ、日本国民が統制に苦しんでいる中、同情を示すことはなかった。

海軍は国民経済から超越しようとしたが、統制経済による兵器生産の量的、質的悪化から逃れることはできなかった。

無線機・レーダーなどのエレクトロニクス面に次ぐ海軍航空機の欠点を挙げれば、燃料タンクへの防弾ゴム未設置とオイルや燃料、冷却液の液漏れを防ぐゴム・パッキンの不良であった。

耐弾ゴムを造るには、積層構造にして、金属タンクとゴムの間に挟む耐油性合成ゴムが必要であった。

この目的ではなかったが、倉敷紡績と鐘紡は石灰石と無煙炭を原料とした耐油性のあるビニロンの製造に昭和11年に成功した。

明日へ続く

posted by 管理人 at 00:00| 東京 ☀| 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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