2009年06月11日

ピースボートについて

昨日の続き

『市民連合、10分わめいて帰る』

ああ、旭日は昇る。初日の光、差し出でて、四方に輝く今朝の空。

君が御影に類えつつ、仰ぎ見るこそ尊けれ。

皇紀2653年(平成5年)の初日は、ここタケオの空に、私が歌う「一月一日」の歌とともに、悠々と昇る。

「終わりなき世のめでたさを」と歌った昭和の世は終わってしまったが、「松竹立てて門ごとに、祝う今日こそ楽しけれ」は、ここ異国の地にあっても変わらぬのであった。

私も長引く禁欲に、個人的に松茸を立てるのであった。

もっとも、基地の玄関に飾られていたのは、門松ならぬ「門ヤシ」。

まさに、機に臨み変に応じてる我が軍らしい飾りであった。

ある夜更け、門ヤシと聞いて一夜の我が飢えを癒さんと忍び寄った私は、それがヤシの葉っぱからできていることを知って、絶望したのであった。

しかし、正月には相応しい作戦が、名将・渡辺大隊長によって企図されたのである。

すなわち、『ジャパン・フェスティバル』であった。

模擬店などを基地内に設け、現地人たちを迎え入れ、交流の実を挙げようという素晴らしい作戦であった。

その企図を聞いたとき、私は模擬店を餌に、不逞現地人たちを招き入れ、一網打尽にし、今後の窃盗の憂いを絶つという詭計かと思ったが、度量の広い軍人であられる渡辺大隊長はそのような卑怯な真似はしないのであった。

明日へ続く
posted by 管理人 at 07:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 山口、思うに・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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