2009年01月23日

魔法のラーメン発明物語 著者/安藤 百福

昨日の続き

東京都衛生局、都議会に新しい条例を作ってもらうなど、思わぬ苦労もあった。

自動販売機の第1号は、東京・大手町の日本経済新聞東京本社の食堂わきに置いた。

設置数は1年後に2万台になり、当時としてはコカ・コーラに次いで多かった。

その後、自販機を置いた小売店を通じて、カップヌードルはよく売れるという情報が問屋に逆流し始め、徐々に引き合いがくるようになっていた。

そこに一気に需要を爆発させるきっかけになる事件が起きた。

72年2月の連合赤軍による浅間山荘事件である。

テレビの現場中継を見ながら、あっと息を呑んだのを覚えている。

雪の中で山荘を包囲する機動隊員が湯気の上がるカップヌードルを食べているのだ。

しかも、それが繰り返し画面に大写しされた。

当時、カップヌードルが納入されていたのは警視庁の機動隊だけだった。

他の県警や報道陣から、すぐ送ってくれという電話が直接本社に入ってきた。

それがまた新聞で大きく報道された。

2月28日のNHKは連続10時間20分にわたって中継し、犯人逮捕を挟む午後6時から7時の視聴率は66・5%に達した。

カップヌードルは火がついたように売れ出し、生産が追いつかなくなった。(P105〜P110)

本書は2部構成となっておりまして、第1部は安藤百福氏の出生から本書を執筆するまでの自伝、第2部は、『麺ロードを行く〜安藤百福フィールドノート』と題して、1987年から2000年までに、中国大陸における麺食の歴史と現状等を上海を起点に北は北京、南は広州、西は新疆ウイグル自治区の烏魯木斉・吐魯番にまで遠征し、探究する旅の記録となっております。 〔日経ビジネス人文庫〕



安藤 百福
日清食品創業者。1910年生まれ。立命館大学専門学部経済科修了。 「チキンラーメン」を発明、日清食品を創業。 1971年、世界初のカップ麺「カップヌードル」を発明。日清食品の経営にあたりながら、社団法人日本即席食品工業協会会長、財団法人安藤スポーツ・食文化振興財団理事長、世界ラーメン協会会長などを兼務。2002年勲二等旭日重光章受章。2007年1月逝去。2007年正四位受位。叙位叙勲は「正四位勲二等旭日重光章」となる。 主な著書に『麺ロードを行く』(講談社) 『100歳を元気に生きる安藤百福の賢食紀行』(中央公論新社) 『食欲礼賛』(PHP研究所) 『インスタントラーメン発明王 安藤百福かく語りき』(中央公論新社)などがある。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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