2009年01月21日

魔法のラーメン発明物語 著者/安藤 百福

昨日の続き

麺の上の空間に具材を盛ることができるので、蓋を開けた瞬間に色とりどりの具材が目に入って食欲をそそった。

エビ、豚肉、卵、野菜など具材の乾燥にはフリーズドライ(FD)の製法を採用した。

お湯を加えた時の戻りがよく、食感、旨味、形が損なわれない理想的な乾燥法だった。

ただ、当時の日本の技術水準は低く、供給量も足りなかった。

私は容器を開発した時と同様「日清エフ・ディ食品」を設立し、技術の内製化を図った。

開発を進めるうちに、ひょとしたら今までにない画期的な商品が出来上がるかもしれないぞ、と微かな興奮を覚えた。

カップは即席めんの包装材料である。

ところが、お湯を注いで蒸らす時は調理器具となる。

フォークで食べる時、それは食器になる。

一つで三役をこなすような容器が、かつて市場に出たことがあっただろうか。

(中略)

1971年(昭和46年)5月、東京の経団連会館で発表会を開いた。

試食した人はその場でみな美味しいと言ってくれた。

だが、後の表情が冴えない。

意外にも反応は悪かった。

マスコミは屋外のレジャーに便利な際物商品という評価だった。

問屋は「袋麺が25円で安売りされている時代に100円は高い」と言う。

挙げ句は「日本には昔から家族で食卓を囲み、いただきます、ごちそうさまと言う行儀のいい習慣があるのに、立ったまま食べるとは良風美俗に反する」という意見まで出た。

結局、商品を後押ししてくれる問屋はなく、注文もこなかった。

正規の販売ルートを閉ざされて、仕方なく新しい流通経路を開拓せざるんえなくなった。(P101〜P105)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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