2009年01月18日

魔法のラーメン発明物語 著者/安藤 百福

昨日の続き

『カップヌードル〜容器・ふた、難関を次々克服』

欧米人は箸とどんぶりで食事をする習慣がない。

海外視察の旅でつかんだ最も大きなヒントがそれだった。

即席めんを世界商品にするために、麺をカップに入れてフォークで食べられるようにしよう。

そう思ってカップヌードルの開発に取りかかった。

1970年(昭和45年)頃、日本の即席めん市場は年間の総需要が36億食でピークに達し、頭打ちになっていた。

国内でも新しい需要を作り出す商品が必要だった。

まず一番大事なのは容器である。

陶磁器、ガラス、紙、プラスチック、金属などの容器を手当たり次第に収集した。

その結果、日本ではまだ目新しい素材だった発泡スチロール(ポリスチレン)に目をつけた。軽くて断熱性が高く、経済性にも優れていたからだ。

ところが当時、発泡スチロールを使った物といえば魚のトロ箱ぐらいで、その厚みは2センチもあった。

食品容器としてはとても使えない。

もっと薄く、通気性の少ないものにする必要があった。

後に容器の厚さは2・1ミリまで薄くすることに成功したが、カップヌードルの商品開発は、まず容器を作ることから始まったのである。

カップの形状を「片手で持てる大きさ」に決めて、いざ作ろうとしたところ、日本には一体成形ができるメーカーが無かった。

製缶メーカーに頼んで、側面と底を張り合わせるという難度の高い方法を採用したが、納入されたカップは底が抜けたり、割れ目
ができたりした。

やむなく米国のダート社から技術を導入し、合弁で「日清ダート」(現日清化成)を設立した。

自ら容器製造に乗り出すことにしたわけだが、臭いが無く、食品容器にふさわしい品質まで精製するのに苦労した。

最終的には、米国FDA(食品医薬品局)基準をはるかに凌ぐカップが完成して、海外の技術水準の向上にも繋がった。

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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