2009年01月17日

魔法のラーメン発明物語 著者/安藤 百福

昨日の続き

何しろ現金売りである。

工場用地の購入代金が、僅か1ヶ月の売り上げで賄えたほどの繁盛ぶりだった。

当時を振り返ると、時代が私に味方していたことがわかる。

大量生産、大量販売を可能にする条件が整いつつあった。

チキンラーメンを発売した58年、神戸・三宮に中内功さんが「主婦の店ダイエー」をオープンされ、新しい欧米型流通システムの先駆けとなった。

即席めんなどの加工食品を大量販売するルートが開かれたのである。

その頃のダイエーの特売商品はチキンラーメンと卵だった。

第二はテレビの登場である。

民放のテレビ放送が始まったのは53年。

街頭テレビにたくさんの人々が群がっていた。

私は早速テレビ・コマーシャルという新しい宣伝方法を採用した。

「イガグリくん」「ビーバーちゃん」「地上最大のクイズ」「ヤングおー!おー!」など、明るく健康的な番組を提供した。

日清食品は期せずして、テレビの草創期に生まれ、テレビとともに成長した。

第三に、高度経済成長である。

時代は岩戸景気に入り、池田勇人首相が所得倍増論を打ち出した。

人々は生活を謳歌するのに忙しく、食事も簡便性を求めるようになった。

チキンラーメンの発売から2年後、森永製菓がインスタントコーヒーを発売し、「インスタント」が流行語になる。

全てが私に追い風となって吹いているようだった。

日清食品の売り上げは順調に伸びて、創業5年目で43億円に達した。

経営の基盤は固まったと思い63年の10月、東京、大阪両証券取引所の第二部に上場した。

池田市の研究小屋で悪戦苦闘した日々を思い返すと感無量で、胸がいっぱいになった。(P80〜P84)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/112280884
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。