2009年01月10日

魔法のラーメン発明物語 著者/安藤 百福

《昭和33年の春、大阪府池田市で一人の男が粗末な小屋の中である研究に没頭していた。男はその時すでに48歳、しかも全ての財産を失った無一文に等しい身であった。 既に人生の大半の年月と運を使ってしまっていたかに思える境遇であるにもかかわらず、その男の身も心にも、なんら枯れた様子は無かった。それほどまでに、その男を動かした力は、生来の事業意欲はもちろんだが、同時に、その研究の日から遡ること僅か10数年前の、第二次世界大戦による日本の敗戦によって焦土と化した祖国日本の全国的な飢餓地獄だった。 「食足世平=食足りて、世は平らか」を信条として、ひたすら研究に打ち込む男が開発した新製品は、やがて食品の世界に革命をもたらし、そしてまたたく間に、世界へ拡がる大発明となった。それは「チキンラーメン」という名の、世界で初めてのインスタントラーメンであった。「魔法のラーメン」とさえ呼ばれることにもなるそのインスタントラーメンの開発者、安藤百福氏の生涯を日本経済新聞社の「私の履歴書」で一ヵ月間にわたり連載されたものを文庫化した本書を、どうぞご一読ください》

さて、今回はインスタントラーメンの元祖である「チキンラーメン」の誕生秘話と、その発明者である日清食品創業者の安藤百福氏の人生を綴った一冊です。

ちなみに皆さんは、インスタントラーメンについて、何らかの思い出だか、思い入れだかはございますか?

私の場合、故郷の北海道の田舎町にいた少年時代は、インスタントラーメン(袋入り麺)といえば、サンヨー食品の「サッポロ一番」と、東洋水産の「マルちゃんダブルラーメン」がそのままインスタントラーメンの代名詞でした。

ちなみにサンヨー食品の「サッポロ一番」は特に説明の必要もないくらい有名で、好きか嫌いかはともかくとして、皆さんご存知かと思いますが、東洋水産の「マルちゃんダブルラーメン」といっても北海道民、または私のような北海道出身者以外の方々は「???」となるでしょうね。

実はこの東洋水産の「マルちゃんダブルラーメン」は、どうやら北海道限定の商品らしいのです。

一つの袋に麺・スープとも二人分入っていながら値段は一人分の他のインスタントラーメンの二倍というわけでもなく、少し高くはなるけど、大して変わらないという、実にお得な商品でした。

味については、他のインスタントラーメンとさほど違いはなく、塩味、醤油味、味噌味というスタンダードな味で(但し、私は味噌味と醤油味しか記憶にない。塩味は私が北海道にいた頃はなかったはず。

現在は塩味もあるそうだから、私が上京後に売り出されたのだろう)麺もとりたてて変わった味付けをしているわけでもなく、まあ無難な感じのものでしたが、なにせ値段に比べて量がお得なものですから、私は大好きでした。

まあ、味や香りという点では「サッポロ一番」の方が強く出ていたのですが、食べ盛りの子供でしたから、やはり量の魅力にはかないませんでしたねぇ。

まあ、かれこれ25年以上前の話ですけど。

そんな私の故郷の田舎町の食品店やスーパーの棚に並んでいた袋入りのインスタントラーメンでは、この「サッポロ一番」と「マルちゃんダブルラーメン」の2つでほぼ、二分割されていて、他のインスタントラーメンもあったようには思いますが、ほとんど印象に残っていません。

北海道時代にはこの2つ以外の袋入りインスタントラーメンを食べた記憶がないのです(カップ麺はについてまた話が別です)。

まあ、あくまで私の田舎に限っての話で他の市町村でどうだったかは知りませんですよ、念のため。

だから我が家でもこのマルちゃんダブルラーメンを、私たち子供が小腹が空いたときの間食用として、母は段ボール箱に入ったやつをまとめ買いしておりました。

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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