昨日の続き
『北朝鮮のしっぺ返し』
金日成は朝鮮戦争を始めるとき、スターリンに相談を持ちかけ、宗主国の毛沢東には内緒でコトを進めた。 スターリンがOKして戦争に必要な武器弾薬を提供してくれたが、北朝鮮はそれを船で運びこんだ。陸路を使えば毛沢東に気付かれてしまうからだ。 そして1950年6月、北朝鮮軍は38度線を越えて韓国な攻め込んだ。 シカトされた毛沢東は激怒した。たかが朝貢国の分際で何様のつもりか。 南北に分かれた朝鮮人同士の戦いは虚を衝いた分、北に利があって、韓国軍はあっという間に釜山まで追い詰められた。 李承晩を日本海に叩き落とせば、北朝鮮はもはや中国の属領でも一介の朝貢国でもない。大国ソ連と手を結んだ存在感ある国になるはずだった。 しかし世の中、そう甘くはなかった。マッカーサーが仁川に逆上陸し、横腹を衝かれた北朝鮮軍はひたすら潰走を始め、追う米軍は鴨緑江にも達した。今度は北が滅びる番だ。 北京で周恩来も林彪も金日成の醜態をただ笑っていた。いい気味だ。 しかし、金日成の小賢しさを最も怒っていた毛沢東は笑わなかった。 追い出された北は満州に臨時政権を作るだろう。スポンサーのソ連はそれを好機と捉えて満州に入り込んで居座るだろう。 そこまで行く前に北が滅んでしまったらどうなるか。いま脱北者が歩いて渡る川の向こうまで自由陣営になる。川向こうが資本主義のショーウィンドーになれば不合理な中国の共産党政権はすぐ綻んでしまう。 毛沢東は命じた。 「北朝鮮は中共を守る壁だ。軍を出動させる」。 かくて百万人民解放軍が戦場になだれ込んだ。それを目撃した米軍兵士はマクベスと同じ言葉を呟いた。 「山が動いた」。 いわゆる人海戦術だ。どんなに爆弾を撃ち込もうと彼らはチャルメラの笛に合わせ、百人横隊の隊伍を崩さず突き進んでくる。人が消耗品である国にのみできる戦術だ。 北は息を吹き返し、再び38度線まで盛り返して板門店で休戦会談に入る。 米軍はこの三年間の戦闘で三万六千人を失った。フランスをナチス・ドイツから解放するために失った人命の二倍以上が、この感謝の気持ちもない民のために散華したのである。 一方の中国の人民解放軍の犠牲者はもう一桁大きい数字だった。 金日成は毛沢東に恭順の意を示し、新羅の王が年号まで唐を真似たように中共を手本にした。毛沢東が農業生産を倍増させる「大躍進」をやれば金日成もそっくりの「千里馬」をやり、中国がそれで三千万人を飢え死にさせれば、北も同じに飢餓地獄を作った。 次に中国が毛語録を手に「文革」を始めると、金日成はやや戸惑った。なぜならそういう個人崇拝はもうとっくにやっていたからだ。 北では紅衛兵どころかもっと進んだ「喜び組」もいる。出藍の誉れぐらいに思っていたら中国の紅衛兵に詰問された。 「あんたはなぜそんなに太っているのか。ブルジョアの贅沢な暮らしをしているんだろう」(産経新聞「朝鮮戦争秘話」相馬勝)。 それで金日成はカチンときて中朝関係は冷えた。 息子の金正日は小賢しさでは父を凌ぐ。中共の延命に欠かせない貴重な「壁」という立場をフルに使って援助を強いる。 中国が腹を立てると北朝鮮はかなり辛辣なしっぺ返しをする。 例えば90年代にあった五輪開催地の選定。金正日はこの投票では北京でなくシドニーに一票を投じて結果もシドニーが取った。 北京は地団駄を踏む。中国にすがりついているくせにこういう脾臓が捩れるような嫌がらせをする。 最近、中国が、最も腹を立てたのは朝鮮戦争当時、北朝鮮のために死んでいった人民解放軍戦士の墓地が消滅してしまった事件だ。いわば中朝友好を象徴する墓地だが、誰かがブルドーザーを入れて更地にしてしまったというのだ。 さすがに怒る中国に北朝鮮は、日本人拉致被害者の墓と同じに洪水で流されたとか言っているらしい。そんなことをやられても中国政府は煮えくり返るハラワタをじっと抑えて、例えば六ヵ国協議では北朝鮮のよき保護者役を務める。 外交とはかくも悪ずれた連中が主役を務める。そんな連中をさも美しそうに書くのが朝日新聞だ。その結果、読者は国際情勢を見失い、美しく書いてもらった中国や北朝鮮はますます日本を侮る。〈2004年7月22日号〉 (P121〜P124)
明日へ続く
2009年01月06日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/112076801
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
http://blog.seesaa.jp/tb/112076801
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック


