2008年11月24日

スパイスとブッダの不思議な物語 著者/井上 宏生

昨日の続き

『シナモンの聖なる香煙』

女王、ハトシェプストが遠征隊を送り込んだのはプントという国でしたが、それは現在の紅海南部の北ソマリアあたりだと推測されています。当時の船の構造では北ソマリア付近まで辿り着くのが限度ではないか、そう考えるのが自然だからです。 この時の女王の帆船は長さが21・5メートル、喫水線からマストの頂上までの高さが12・5メートルでした。かなりの大型船といえるでしょう。 その船材の多くはレバノンから運ばれたといわれます。大型船だけに、舷の両側に30人の漕ぎ手がいたといわれ、乗組員は漕ぎ手を含めて総勢40人にのぼったといわれます。 地図を見ると、エジプトと北ソマリアはそれほど遠くありません。 しかし、当時、エジプトから紅海をめざすのは危険な航海でした。それでもなお、ハトシェプストは船団を送り出し、シナモンを手にし、記念碑にその名を刻んだのでした。 プントの国が北ソマリアではなかったという説もあります。 それによると、プントは北ソマリアではなくインドだというのです。ハトシェプストの帆船は北ソマリアの先端をまわり、紅海を越え、はるばるインドまで遠征してシナモンを手に入れたというのです。この説が正しければ、ハトシェプストのシナモンへの執着は驚くばかりです。 シナモンはクスノキ科の樹木で、その原産地はベトナムとされますが、中国、タイ、インドネシア、スリランカ、インドなどでも栽培されています。これは月桂樹に似た常緑樹ですが、シナモンはその樹皮を乾燥させて作ります。 最高級品とされるスリランカの「セイロンシナモン」は爽快な甘い香りを放ち、刺激的な味はほとんどありません。これに比べ、中国産は「カシア」と呼ばれ、甘味とともに舌を刺激するのが特徴です。 (中略) 古代エジプトの王は絶対的な権力を手にしていましたが、彼らが死ぬと、そこには聖なる油が供えられ、その葬儀には特別な軟膏が高貴な香りを漂わせていました。 王の権力が絶対的であればあるほど、聖なる油も、葬儀での軟膏もより高貴なものを求めるようになります。この聖なる油や軟膏には多くのスパイスが含まれていましたが、シナモンもそのひとつだったのです。 また、古代エジプトの儀式では太陽と月に「聖なる香煙」が捧げられました。 その香煙には多くのスパイスが使われ、太陽には26種類のスパイスが、月には28種類のスパイスが混ぜ合わされ、地上のものとも思えぬ芳しい香りを産み出したといいます。その香りを醸し出したスパイスのひとつが、シナモンだったのです。古代エジプトのミイラは有名ですが、ミイラづくりにも欠かせませんでした。当時のエジプトでは死者の魂は体内に帰ると信じられており、王たちが死ぬと、その遺体はミイラにしてピラミッドに永久に保存されるのが常でした。 (中略) シナモンは、このミイラづくりのプロセスで防腐剤として欠かせなかったのです。しかし、シナモンの故郷はエジプトから遥か遠くのスリランカやインド大陸です。そのため、エジプトの王たちはどんな犠牲を払ってでもオリエントのシナモンを求めようとし、危険を承知で船団を送り出したのです。女王、ハトシェプストはその先駆けでしたが、強大な権力と豊かな財力があってこそ、それが可能だったのです。(P105〜P108)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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