2008年11月05日

知ってビックリ!船の大疑問 著者/謎解きゼミナール

昨日の続き

『損保会社のルーツは“海の上”にある?』

日本最大手の損害保険会社は、東京海上日動火災保険株式会社である。2004年(平成16)に、東京海上火災保険と日動火災海上保険が合併して誕生した会社だ。 合併前から、ともに社名に「海上」という言葉が入っているが、これは、船舶を対象とする海上保険をベースに発展してきたことを示している。とりわけ、東京海上火災保険は、1879年(明治12)に設立された、日本初の海上保険会社だった。 世界的にみても、海上保険は、損害保険のなかで最古の歴史をもつ。というより、損害保険は、もともと海上輸送に伴うリスクを分かち合うという発想から生まれたのである。 そのルーツは、14世紀、イタリアのベネチアやジェノバで発生したとみられ、近代以降、海上保険の発展に大きく寄与したのが、17世紀末のイギリスで誕生した「ロイズ」である。 1688年頃、エドワード・ロイドという人物が、ロンドンに「ロイズ・コーヒーハウス」というコーヒーショップを開店する。そこへ、貿易商や船員が集まるようになり、ロイドが最新の海事ニュースを伝えるサービスを始めたところ、船舶関係者でますます賑わうようになった。 やがて、海上保険の引受人たちも出入りするようになり、船主や船長らとコーヒーを飲みながら、海上保険の契約を交わすようになった。もっとも、当時の保険引受人には個人事業者が多く、そのコーヒー店にも、支払い能力に乏しい怪しげな業者が出入りしていた。そのため、「ロイズ」の評判が落ちた時期もあったが、1773年、まともな保険引受人やブローカー(仲介業者)が、コーヒー店を王立取引所の中へ移動させた。これによって、「ロイズ」という言葉は、保険引受市場そのものをさすようになった。 その後、保険引受人の使用する海上保険の様式が統一され、それが、1906年に成立したイギリスの海上保険法に取り入れられた。このように、海上保険の仕組みは、ロイズを舞台に改良され、発展してきた。 現在のロイズでは、保険引受業者がシンジケートを組み、様々な損害保険を引き受けている。保険は、ブローカーを通じて契約され、ブローカーが約300のシンジケートとの交渉を担当、リスクを分散するため、複数の保険引受業者と契約するという形がとられている。(P69・P70)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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