2008年10月01日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

昨日の続き

【東京の魅力】

『わが町、東京を弁護する』

(前半は昨日抜粋) しかし、それでも東京は素晴らしい都市だ。長く住むにつれて、その存在が心の中でだんだん大きくなってゆく。

(中略) 街ごとに「専門」があるのも東京の魅力だ。多くの外国人観光客は、「電気の街」秋葉原へと足を運ぶ。しかし、いまでは「アニメの街」と呼んだほうがより正確だろう。原宿については、あるジャーナリストが以前、「都心の数平方キロメートルにもおよぶ一等地を十代の若者たちに贈り与えた東京は、実に寛大と言わねばなるまい」と記していた。日本にやって来るぼくの友人たちはみな、原宿の若者フアッションを見ては目を丸くしている。しかし、個人的にはぼくは「おばあさんの原宿」、巣鴨が好きだ。子犬や小さな子供を見るとたちまち喜んでキャーキャー言う人がいるが、ぼくにとって喜びの種はむしろ、あるタイプの日本の年配の人たちである。見たところ、結婚して四十年は経とうかというカップルが手をつないで歩いているのを目にすることほど、ぼくの心を温かくしてくれるものはない。また、おばあさんたちが一緒にお茶を飲みながら、どの健康法が効くか、情報を交換し合っている光景も微笑ましい。こうしたお年寄りはイギリスの同年代の人たちよりもはるかに健康かつ楽しげで、ぼくに希望を与えてくれる。ある意味では、巣鴨のお年寄りの方が原宿に集う若者たちよりも楽しげに見えると言えるかもしれない。原宿の少年少女は、それを着れば完璧になると信じて、流行の服を探すことばかりに血眼になっていることが多いのだから。 聞くところでは、早朝の築地魚市場も面白いようだ。ぼくはその魅力を疑いはしないし、いつか行ってみようとも思っている。問題は市場が開かれるのがあまりに早すぎるということだ。しかし、ぼくのような早起きが苦手な人にも、東京には魚市場以上に面白い市場がある。台所用品や料理道具、レストランのアクセサリーだけを商う地区が存在するのである。中央魚市場がある都市なら、ぼくは幾つもその名を挙げることができる(ロンドンもそのひとつだ)。しかし、合羽橋に相当する市場がある都市は他にあるだろうか?こうした市場か存在すること自体が驚きだが、更に驚かされるのは、そこで売られている商品の奇抜さと質の高さである。我々外国人は必ず足を止めて、プラスチックでできた食品サンプルを写真に撮る。そして、後で写真を見せ合ったとき、最も感嘆の声を集めることになるのは決まって、魔法のように宙に浮かんだ箸が、ラーメンのお椀から麺を何本か手繰り上げているところを模したサンプルなのである。

(中略) ぼくの友人リチャード・ロイド・パリーは、十二年前から日本に住んでおり、現在『タイムズ』紙の東京支局長を務めている。彼が言うには、東京の最大の魅力は、彼が何について取材することになろうと、それがどんなに地味なトピックであれ、この街のどこかにそのトピックにひたすら傾倒してやまない人々の小さなグループが必ず存在していることだそうだ。

(中略) アメリカに出かけた時、ある友人から「日本ではビート詩人がもてはやされているらしいね」と言われた。正直言って、日本人の十人に一人もビート詩人とな何のことなのか知らないだろう。しかし同時に、きっとどこかビート詩人の作品にふさわしいバーに熱烈なファンが定期的に集まって、アレン・ギンズバーグの詩を朗読していても不思議はないと思う。ちょうど同じ頃、『ニューヨーク・タイムズ』紙に、日本でゴスペルを歌うのがブームになっているという長い記事が載っていた。そんなブームはぼくは聞いたことがなかったが、本当のことだろうと思えた。キリスト教ともアメリカの黒人文化とも何の関係もないにもかかわらず、多くの日本人の若者が心を込めて立派にゴスペルの練習に取り組んでいる。容易に想像できることではないか。

(中略) 何年も前の話だが、ある日本の英字雑誌が、東京の新たな謳い文句のコンテストを催したことがある。 「スモーカーにも酒飲みにもやさしい街」 というコピーに深く首を頷かせる人も多かったが、栄えある第一位は、故意に文法的な誤りを犯して機転を利かせた 「いい人たちと会われる街」 に輝いた。この街で十年以上暮らしている住民として、ぼくも東京を魅力的にしているのはそこに住む人々であることにはまったく同意する。ぼくがこのコンテストに応募するとしたら、このようなところだろうか。  「いつも誰かが何かを追いかけている 情熱が冴えた知性を駆り立てる街」 (P117〜P124)

コリン氏が記事を寄稿していた『デイリー・テレグラフ』紙は、英国では高級紙だそうですが、それでも日本に関する記事については、読者を楽しませるための妥協として、「キワモノ的」な記事が求められ、コリン氏が重要度の高い真っ当な記事や、日本に対する誤解を防いだり、ただしたりする追加情報を送っても、それを改竄されたり差し替えられたりすることが多いのだそうな。やはり外国メディアに期待せず、日本自らが正しい情報を積極的かつ恒常的に配信し続けることが重要だと実感させられました。  〔NHK出版/生活人新書〕



コリン・ジョイス(Colin Joyce)
1970年、ロンドン東部のロンフォード生まれ。オックスフォード大学卒。92年来日し、神戸で日本語を学ぶ。高校の英語教師、『ニューズウィーク日本版』勤務を経て、英高級紙『デイリー・テレグラフ』の記者となる。現在、フリージャーナリスト。

谷岡健彦
1965年大阪府生まれ。東京大学大学院英語英米文学専門分野修了。東京工業大学助教授。現代英国演劇専攻。翻訳書にリチャード・クライン『煙草は崇高である』(共訳、太田出版)など。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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