2008年09月30日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

昨日の続き

【東京の魅力】

『わが町、東京を弁護する』

ぼくにとって、日本を好きだと言うのは自分のことを好きだというようなものである。無条件に好きなわけではない。改善の余地は大いにあると思っているし、ときにはひどい欠点に気づくこともある。しかし、何だかんだ言っても、結局は自分の心から切り離してしまうことができないのだ。もし誰かが不当な批判を加えてくれば、ぼくはいたたまれず、精一杯の弁護をすることだろう。 しかし、東京のことが好きだとわかるまで十年近くもかかった。ぼくが思うに、東京は決して取っつきやすい街ではない。

(中略) 開発によって、多くの日本の都市がその個性を失いつつある。

(中略) また、たまに個性的な街並みがあっても、簡単に取り壊されて画一化されてしまう。どうやら日本は、特徴ある街を何としてでも根絶やしにしてしまいたいらしい。駅前の「再開発」の計画が持ち上がっている世田谷区の下北沢などはその痛ましい実例だ。 「再開発」の名を借りた「没個性化」に多くの住民が憂慮を表明し、反対の声を上げているのには勇気づけられるが、こうした彼らの努力が実を結ぶ見込みが乏しそうなことには意気消沈させられてしまう。 ぼくはよくロンドンのピカデリー・サーカスにあるエロスの像の足元の石段に腰かけ、シャフツベリー・アベニューの景観を心ゆくまで眺めたものだ。これほど見ていて心地よい眺めはない。まさしく都心の一等地であるが、商業主義の波が押し寄せても優雅な建築の一階はみな店やパブになっており、通りがゆるやかにカーブするにつれ、立ち並んだ建物もそれに沿って実に優美な曲線を描いてゆく。言うまでもなく、どの建物も高さが同じで、建築様式のばらつきもない。東京のように、超高層ビルの谷間で小さなラーメン屋が営業していたり、歴史に名高い神社の横にパチンコ屋があったりはしないのだ。

(中略)  古い建物に関しては、ぼくはある意味で「原理主義者」と言ってよい。建物が不格好なうえ、維持しても採算が合わないこと。かつ、より美しく、価値の高い、人々の需要にマッチした建物が代わりに建設される予定になっていること。ぼくはこのふたつの条件がともに満たされない限り、建物が取り壊されるのを許せないのだ。したがって、ぼくは五反田の正田邸、美智子皇后のご実家を、見識ある地元住民が保存を嘆願していたのにもかかわらず、財務省があんなにも簡単に取り壊してしまったことがとても理解できない。 皮肉なことに、この歴史ある小さな家は、イラク侵攻が始まったまさにその日に取り壊された。翌日の新聞にあまりこのことを報じるスペースが割かれないよう、タイミングを見計らったかのようだ。

(中略) 日本でも歴史的な建造物を求める動きはあるようだ。横浜の赤レンガ倉庫は、現代風に魅力的な再生を遂げた。周囲に広いオープン・スペースを配し、かつての倉庫の中には多くの店やレストランが軒を連ねている。その高い天井は心地よく、立地条件も完璧だ。このような試みをもっと日本各地で行えないものだろうか。(ここまでP110〜P116より:後半は明日に続く)

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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